Ensemble Salicus演奏会|今週末

Ensemble Salicus演奏会|今週末

先週末はヴォーカル・アンサンブル カペラの目黒区美術館でのミュージアムコンサートがありました。

ご来場くださいました皆様、まことにありがとうございました。

村上友晴さんのモノトーンの絵画の中で、グレゴリオ聖歌主体のミサを演奏しました。

通常唱はいつもはポリフォニーで演奏することが多いのですが、今回はそれも含めすべてグレゴリオ聖歌でした。ポリフォニーはデュファイの3声のモテット3曲で、それぞれ、オッフェルトリウムの代用、コムニオのあと、そして閉祭の歌として歌いました。

そして今回研一郎が出演できなかったので、私初めて司祭役をやりました。

私実はカペラの演奏会の中では研一郎のPater nosterが一番好きなんですが、それを今回自分がやりました。

やはりいつも見ている光景でも、自分でやるのは違いますね。次に何がくるのか、常に頭がフル回転で、大変素晴らしい経験になりました。


さて、今週末はいよいよEnsemble Salicusの演奏会です。

この演奏会でも私司祭役をやります。

演奏するのはアレクサンダー・アグリコラ、誰やねんって感じですよね。私もそうでした。

16世紀にはこの時代の作曲家としては5本の指に入ると言われていたのですが、現代ではあまり演奏されることがありません。

こういうことって結構あって、いつかアラミレで演奏したアダム・レナーとかヨハンネス・レジスとか、フランドルにはまだ知られざる巨匠が沢山います。

そしてなかなかわかりにくいですが、それぞれが本当に個性的です。それぞれの作曲家の癖、こだわるポイント、頻出させる好きな技法なんかがわかってくると、実に味わい深いです。

例えばルターは、ジョスカンを評して「音の主人」と言いました。音を意のままに操って天才的な音楽を繰り広げる様子をよく表現していると思います。

それに対してアグリコラは、言うなれば「音の料理人」笑、彼の作るスープの隠し味を誰も知りません。何が入ってるか全然わかないけどめっちゃうまい!って感じです。

あるいは違う言い方をすると、ジョスカンが宇宙の摂理を表現しようとしたのに対し、アグリコラはその宇宙に投げ出された人間の孤独を表現しようとしたって感じでしょうか。

「わかりやすい音楽」と言うと嘘になると思います。

この頃の音楽は、作曲家の自己表現ではないので、わかりやすい「感情」や「感覚」を表していないからです。

嬉しさ、苦しさ、怒り、喜び、悲しみ、痛い、気持ちいい、そういう音楽ではありません。

とも言えるし、それらすべてを表しているとも言えます。

もっと根本的な、生きることの尊さとか、世界がこうして在ることのありえなさを歌っているんだと思います。

そういうスタンスで、まっさらな気持ちで、体ごとその音楽に身を浸すと、本当に胸がいっぱいになります。

この音型は何を表しているんだろう、どういう感情なんだろう、そういうの全部取っ払うことができれば、こんなアッパー系なミサ曲はありません。圧倒的高揚感です笑。


それから今回はグレゴリオ聖歌の歌い方についてもアップデートを加えました。

といってもアポストロファのずり下げを、今まではその音からやっていたのを、その音に向かってやるというそれだけのことなのですが。

特殊ネウマについてはコチラをチェーーック!

いやほんとね、我ながら細かいと思いますよ。ほんのちょっとの違いなんです。多分何気なく聴いていたら全く気づかないと思います。

しかしですね、このほんのちょっとした違いが我々にとっては天地がひっくり返るほど本質的なことなんですよね。

わからなくていいんです。なんか違う、なんかいいなって思っていただけたなら、その影にこういう細かい絶対誰にも気づかれないような細部に対するこだわりがあるんです。

問題はこの細かな差、そのものではないんです。そういう細かな差が積み重なったもの全体を聴いた時に何を感じるか、何を感じさせたいかということなんです。

だから、私よく、ここをこうやってます、こんなにこだわってますって押しつけがましく言ってますが、その、そこを聴いてほしいわけではない。そんなクソどうでも良さそうなところにまでこだわり抜いて音楽に向き合ってますよってその情熱ね、それを感じてほしいなって思ってるわけです。

ってね。言わなくてもいいことまで言ってますが、結構誤解されてるようなので勢い余ってたまには言うことにします。笑

演奏会詳細はこちら↓

https://www.salicuskammerchor.com/concert

あ、アポストファってこれです。この赤丸のところ。

これは半袖Tシャツですが、今回ロンTも作りましたので、よかったら受付によってみてください。

さらに今回、去年のEnsemble Salicusのレクチャーコンサートを収録したライブCDも作りましたので、こちらも良ければ御覧ください。

物販について詳細はコチラ↓

https://www.salicuskammerchor.com/goods

 

 

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『スマメとニュウアイ 』KENTARO TAKASHI Exhibition PARTY|終演

昨日、バッハカンタータアンサンブルのゲネプロでカンタータ3曲を通した後、表参道のカフェにて、ノイズボイスデビューをしてきました。

(バッハカンタータアンサンブルの演奏会情報はコチラ

Kentaro Takahashiさんの展覧会の中でのイベントの一つとして、徳久さんに依頼があり、ノイズボイスカラオケの一員として乗っけていただきました。

ノイズボイスカラオケについては、以前の記事で書いていますので詳しくはそちらを御覧ください。

ようはカラオケをかけながら、ノイズボイスをやるということなのですが、これがなかなか奥深い。

カラオケというのは私たちが何をやろうが関係なく淡々と流れ続けるわけなんですね。こちらのやってることに全く影響されない。

絶対不変の音楽に対する即興。

これはまさに絶対不可侵のグレゴリオ聖歌に対して即興で対旋律をつけることから始まった多声音楽の起源そのもの。

ちょっとこじつけっぽいですが、結構腑に落ちてます。

と言えると思うのですが、ノイズボイスカラオケはカラオケと、「歌」というものに対するカウンターカルチャーなんだと思います。


まあゴタクはともかく、これねえ本当に楽しいんですよ。

やってみればわかります。

なぜ古楽を専門とする私がノイズをやるのか。

多分直感的にこれが自分の専門につながっていることがわかっていて、今はなかなか論理的には説明できないけれど、きっと10年後にはちゃんと説明できるんじゃないかな。

しかしね。いいんです。

楽しいからやる。やりたいからやる。


ただ、私がヴォクスマーナで歌っていたことと、少し関わりがあると思います。

ノイズでの即興ってある意味現代音楽のさきっぽにあるようなことだと思います。

バッハにしろジョスカンにしろ、彼らの音楽は、彼らの生きた時代にはキレッキレの現代音楽だったんですよね。

そしてその根っこには即興がある。

このことを忘れて古楽はできんのです。

古い音楽を相手にするときに、その音楽を「古い」と思ってしまったらその音楽の「芯」を見失ってしまうのです。

そういう意味で、古楽演奏家はキレッキレの現代音楽をやったほうがいいと思います。

いまここで生まれる自分でも予想のつかない音楽の流れに身を任せる感覚。

「与えられた楽譜から音楽を読み取って再現する」というだけの姿勢から生まれるものとは全く違うものが見えます。

またゴタクを並べました。

最近読んだ本の中に、

「深く掘るためには広く掘らなければならない」

というような一節がありました。

私がやってることってそういうことなのかなと思います。

掘り方はひとそれぞれなんでしょうけどね。


昨日の動画、徳久さんとのデュオです。

ご笑覧ください。

こちらは最後の曲で、徳久さんのソロに、3人でコーラスをつけています。

筑前琵琶奏者の守矢さんが撮ってくださいました。


さて、今週末はバッハカンタータアンサンブル。

オケも合唱もアマチュアで、バッハのカンタータ全曲演奏を遂行中の団体です。

半年に1回、3−4曲のカンタータを演奏し続けてきて、もう110曲くらい演奏しています。

今回は私が指揮します。

ソリストもいつものメンバーで、更に今回はフルートに同級生岩崎花保、オーボエにカンタータクラブの後輩倉澤唯子がオンステします。

ぜひご来場ください。

曲についてはコチラに少し詳しく書いています。

 

 

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刺激的な日々|ノイズボイス・カラオケに参加してきました

刺激的な日々|ノイズボイス・カラオケに参加してきました

8月3日に柳生田さんのリサイタル助演、5日にデュファイ祭出演と本番が続いたあと、一昨日7日には徳久ウィリアムさん主催のノイズボイス・カラオケに参加してきました。


ノイズボイス・カラオケ

実に刺激的でした。徳久さんの主催されるイベントはいつも刺激的です。

これまで、アガリアム合唱団(現コエダイr合唱団)主催のワークショップに講師として参加した他、同合唱団のワークショップ、「インド古典声楽」と「ブルガリアン・ヴォイス」に参加させていただきました。

インド古典声楽では「笛は吹くのではなく磨く」や「音程の移動は円運動」「歌用の声などない」など、私の音楽実践の中でも常に引用させていただいていますし、ブルガリアン・ヴォイスで印象的だったのは、「言葉、フシ、コブシ、ときてその次が声」ということで、やはり民族音楽においても大事なことは一緒なのだなあと再確認しました。

そしてアガリアム合唱団には一度歌い手として参加させていただいたこともありまして、その時に書いた記事がこのブログのアクセス数一位です笑

魅惑のカルグラ地獄

うーむ今聞いてもこの時の録音凄い。

今回のイベント(ワークショップ)は、このアガリアム合唱団でも見事なカルグラを披露しているあいさんと徳久さんがフェイスブックのライブ動画で配信してて、あまりに楽しそうだったので参加することにしました。

これを見て楽しそうだと思うところからがスタートですよ!皆さん!笑


声楽の最先端としてのノイズボイス

そもそもノイズボイスってなんぞやって方も多いと思うので、少しだけ説明します。

現代音楽の分野でノイズミュージック(wiki)ってありますよね。それを声でやります。

都市の民族音楽を標榜する徳久さんの考えでは、民族音楽というのは環境から生まれる。それが歌われる必然性がある。私達にとっての環境、都市の環境から生まれ、歌われる必然性のある音楽とは何か。そういう流れから生まれて来たのがノイズボイスだと私は理解しています。

私は普段古楽という今から400−1000年位前に作られ、歌われた音楽を実践していますが、同時に現代に生きる自分が現代を生きる皆さんとともに現代においてそれを実践するとはどういうことかということを模索しています。

簡単に言うと、1000年前に作られた音楽も、1000年前には現代音楽だったのです。それをリアルに実践するためには、それを古いものとして扱うわけにはいかないのです。

「歌の生まれる必然」を実感するためには、歌の生まれる現場に立ち会うのが一番カンタンです。

そういうわけで私も現代音楽を演奏することがありますが、このノイズボイスというジャンルは、声楽の最も最先端とも言えるのではないでしょうか。

ノイズボイスのソロで徳久さんの素晴らしいパフォーマンスはこちら↓


即興について

さらにこのノイズボイス、見ての通り即興です。今回のワークショップでも伺いましたが、何かやろうとしているというよりは「降りてくる感じ」なのだそうです。

グレゴリオ聖歌の伝説として、教皇グレゴリウス一世が聖霊(鳩)の声を聞いてできたものであるというのがありますが、近いものがある、というかそれそのものなんではないかなと思います。

自分で作ったんじゃなくて、自分ではないナニかからもたらされるものだということですね。

私達クラシックの業界の人は99%誰かが書いた曲を演奏します。今より前に、誰かが作った曲を演奏するんですね。でもね、私この「誰かが作った」ってのも嘘だと思うんですよ。その誰かも、自分ではないナニかからもたらされた音楽を書き留めているに過ぎない。

それで私の考えでは、そのナニか、というのは曲を作る人ごとに違うのではなくて、全人類、全世代共通なんです。

誰の肩にもグレゴリウス一世の肩にとまった鳩と同じ鳩がいて、その声を聞くのか聞かないのか、またどう聞くのか、というのはその人次第。

つまり受け取り方ひとつ。作曲家、あるいは即興演奏家というフィルターを通すことで一見全く別のものに見えるけれど、その根源は同じ、音楽はひとつなんだと思うんです。

で、それ以外のものは音楽とは呼ばない。私はそういうように音楽を定義しています。

この言い方でいうと、世の中には、音楽のようでいて、音楽でないものが溢れているということになってしまいますが。

というわけでですね、よりダイレクトに作曲家の見た景色に近づくためにはですね、自分も曲を作るかあるいは即興するかだと思うんです。

それもこのノイズボイスの企画に興味を持った動機のひとつです。


アンサンブルについて

さらにもう一つ、このところ考えていたのはアンサンブルについてで、前回のブログで最後に書いた、「シャーマンは孤独だ」というのは実はアンサンブルは本当に音楽的にあれるのか、という話題の中で叔母から出た言葉なのです。

叔母(桜井真樹子)も作曲するし、即興もする人なのですが、二人以上で即興するときの難しさ、限界を感じていて、もはやアンサンブルやんなくていいのではという境地に達しているそうです。

私は普段ほぼいつも、常にアンサンブルをやっています。全く一人で何かするということは記憶の限り100%ありません。

アンサンブルで音楽ができないとなると、私の活動はゼロになってしまいます笑

ノイズボイスに関しても、一人でもできますが、複数人でも出来ます。

以下に徳久さんと、素晴らしいパフォーマーの風人さんの動画を貼っておきます。2’20あたりから二人のノイズボイスデュオとなります。

ノイズボイス・カラオケのいいところは、ずーっときっかけが鳴り続けているところです。

ある意味カラオケの音源とのアンサンブルなんですね。音を感じながらそれに影響されつつ表現出来るというところで、初心者にも即興がやりやすい。そしてアンサンブルについても考えるきっかけがもらえる。

そう思ったんです。


いざ実践!

ワークショップでは初めに、徳久さんから惜しげもなくノイズボイスのテクニックについて教えていただきました。

徳久さんの音のパレットを覗いているようで楽しかったです。

それまで全くどうやってるのかわからなかった音も、レクチャーを聞いたあとだと大体7割位はわかります(それでも全くわからない音もあります)。

あと今回凄く面白かったのは、ノイズボイスってマイク1本でやるんですけど、つまりほとんどエフェクトかけないということなんですが、このマイクの使い方一つでできることの幅がめちゃめちゃ拡がるんですね。

それはもう感動しました。マイク一本でこれだけのことができるのか!と思いました。

普段マイク使わない上に、使うとしても、ノイズが乗らないようとか、ハウらないように使うじゃないですか。それがむしろノイズボイスではノイズを乗せるように、ハウったらハウったでそれを利用するんですって。んーー今までに全く無かった発想だ・・・。

ひとまずどんな音が出るのか試してみました。

これは、、、面白い、、、。

特にインヘイル(吸い)の可能性が凄い。普段吸って音を出すことがないので、吸ったほうが非日常の音が出ますね。

吐くと逆に普通の声になっちゃいそうで難しい。

で、これは音ですね。

今度はカラオケ音源の助けを借りながら即興やってみました。

曲は一青窈の「もらい泣き」

恥ずかしいので最後のサビのところだけ切り取りました。

どうでしょうか。これ見て皆さん何を感じられるでしょうか。

(ほとんどの方は嫌悪感を持たれるだけなんだろうなあ、変な人、のレッテル張りで終わりなんだろうなあ、辛いなあ)

凄く怖いような気もしますが、というのは結構私の本性が現れているようで、ざわざわします。

他の参加者の方の声も聞いていて、凄く思ったのは、これ、もんの凄く個性がでます。その人がどんな人なのかわかります。

あー、この人こういうこと考えながら生きてるんだなってのが、ビシビシ感じられます。これもワークショップの効果ですね。一人でやっていたら気づけなかったことだと思います。

でも動画だとそうでもないかな・・これやっぱりアイフォンの限界で、音の自動調整が凄いですよね。声のないところでは音源が際立って、声の大きいところは音源が全然聞こえなくなってますが、生で聞くとそんなことは起こりません。

だから判断難しいかもな。

私がやるとどうしても人間味が出ちゃって、そういう意味ではノイズボイスの理想とはかけ離れているかもしれません。

あとこれもやってみないとわかりませんが、曲を無視しているようで、めちゃくちゃ影響されます。

「もらい泣き」だからこういう感じになったんだと思います。

そしてせっかくなので、徳久さんとデュオもやらせてもらいました。アンサンブルに対する疑問は結構解決したように思います。まだ文章にするところまで消化出来ていませんが、そのうちかければと思います。

一つ言えるのは、アンサンブルはソロより難しい。ということです。アタリマエーーーー!笑

「気」が分散して、音楽に近づくのがより難しくなる。けどできないわけじゃない。ただしそれを可能にするには多様で物凄く精度の高いテクニックが必要。という感じでしょうか。

他の参加者の方のデュオも聞かせていただいて、やっぱりアンサンブル面白いなあと思いました。

影響を与えあって、一人ではできない表現が勝手に出てくる、そう見えました。

そんなわけで、合唱もやりたかったのですが、普通のカラオケでマイクを3本以上つなぐのは難しそうなので諦めました。

マイク無しで最後We are the worldをみんなで歌いましたが、やはりマイクがないと出来ることが3分の1くらいになりますね。

大勢でやるにはスタジオ行くしかないか。


最後に、皆さん心配されてるかと思いますが、適切な指導者がいれば、喉の健康は保たれます。

逆に言うと、指導者がいないところでこれをやるのはかなり危険です。

指導者がいても、ノーダメージというわけにはいきません。やっぱりちょっとは炎症起きます。

ただし喉の炎症よりも肉体疲労の方がえげつないです。

翌日睡眠時間を確保できるかどうか確かめてからやるべきだと思います。

特に、私の場合肋間筋が結構ヤラれました。鼻をすすったときに痛いので、息を吸う時の筋肉(外肋間筋)の方だと思います。

負荷かけながら全力で息吸うってことやらないですからね。普段。

逆にこういった普段使わない筋肉を使うことで、普段の歌がどう変わっていくのか、いかないのか、興味津々です。

今回このワークショップに参加して、普段の生活では得ることの出来ない非日常、心、頭、体に多大なる刺激を受けることが出来ました。

講師の徳久さんに改めて感謝したいと思います。

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合唱団そら 第6回ミサ曲ロ短調演奏会|終演

合唱団そら 第6回ミサ曲ロ短調演奏会|終演

またしても飛行機でブログ書いてます。

最近スマホが飛行機内でも使えるようになって非常に助かってます。

昨日合唱団そらのロ短調終演いたしました。

ご来場下さいました皆様、誠にありがとうございます。

本当に素晴らしい演奏会でした。

昨日の打ち上げで喋ったことをほぼそのまま書きます笑


そらは私が中二の時からお世話になっているので、そらに入ってかれこれ17年経ちました。

本当にいつもお世話になっていて、一体何リットルのお酒をご馳走になったことやら。下手したら何ガロンかもしれません。

なのでいつも何か恩返しがしたいと、思っています。理想的には自分の歌でそれができればいいのですが、なかなかそう思えるところまでは至っておりません。

ただ胸を張って、これだけは私の手柄だと言えるのは、野間ちゃんをそらに紹介したことです。

2年前でしょうか、確かその頃カンタータクラブでもロ短調をやっていた頃ではないかと思いますが、野間ちゃんをそらに紹介しました。

予想を超えて急速にそらに馴染んでくれて、毎回そらのみんなは野間ちゃんが来るのをとても楽しみにしています。

僕が野間ちゃんをそらに紹介したのは、もちろんいい歌を歌うから、なんですけど、特に、ハートと、気合いがあるからなんです。

音楽を判断する基準って(ここでも度々書いてる気がしますが)とても難しくって、特に価値観の多様化した現代音楽なんかではそれが顕著だと思いますが、何が良くて、何が良くないのか、はっきりいうことがとても難しくなっています。

だから割と多くの場合、物理現象によってそれを判断してしまう。音程があってるか、高い声が出るか、滑らかに音が繋がっているか、抑揚があるか、テンポはどうか、アーティキュレーションはどうか。

そういうことでしか音楽の良し悪しを判断できない人は本当に多い。

でも音程の無い音楽では音程で音楽を判断できないし、端から端までずっとノイズ、とか、極端な場合無音が音楽ですって言われたら、どうやってその良し悪しを判断しますか?

たとえば僕が「3分44秒」という曲を作ったら、良い曲ですか?


それで何が言いたいかというと、音楽の一つの判断基準が「気合いがあるかどうか」だと思うんです。

これとってもわかりやすいと思うんですけど、実はとあるノイズ系パフォーマーの受け売りです。

物凄く自分にとって腑に落ちてます。

僕の作った「3分44秒」は、ジョンケージの「4分33秒」と何が違うのかというと、物凄くわかりやすく言えば、気合いが違うんです。これは物凄く大きな違いです。だから僕の「3分44秒」は、ジョンケージの「4分33秒」と比べるとびっくりするくらい劣ってるんです。それはそれはお話にならないくらい。

それで、意外と世の中、声が良かったりテクニックがえげつなかったりする音楽家は多いんですけど、この「気合いがある」音楽家って少ないんですよね。まあそれがあるかどうか判断するのも自分なので、「僕にとっては」ということになるんですけど。

野間ちゃんの歌にはそれがあるんです。確かにある。

僕の身の回りにはそういう歌手は二人しかいない。二人いるというのも凄いことだと思うしありがたくって出会いに感謝って感じですけど。

ほんとどこに出しても恥ずかしくない。

音楽をやる上で一番大事なことを持ってる。

それで、一番言いたいのは、僕のこういう価値観は、そらで培われたんだなということ。

今回の演奏会でそれを再確認しました。

もうほんと。

「コレダヨネ」

って感じ。私がやりたいことってまさにこういうこと。

まさにそれ。

これこそがそれ。

ことわっておきますが、そんなべらぼうに上手ってわけじゃないんです。細かい失敗は沢山あるし、音程も発声も発音もそこそこです。

でも上手な演奏ならそこら中にある。録音もいっぱいあるからそれを聞いてりゃいい。YouTubeでもApple Musicでもナクソスでもなんでも聞けばいい。

でも僕が聴きたいのはそういうことじゃない。

僕がやりたいのはそういうことじゃない。

僕はここで育ってきたんだなと、そう思いました。

本当に素晴らしい演奏でした。

最高でした。

「それでいいんだよ」って言われた気がしました。

僕は本当に出会いに恵まれています。

わかってて、信じて続けていても、認められないとやっぱりしんどい。

認められるためにやってるわけじゃなくても、それでも認められないときつい。


僕の人生の節目節目で「その道を、そのまま進め」という励ましの声があるような気がします。

多分最初は古東哲明先生の哲学の最初の授業、

「みなさんご存知のように、生きてることに意味なんかありません」

次は小林道夫先生、

「いいリハーサルをしてるね。信じて、続けなさい」

その次が多分昨日の演奏でした。昨日のは、言葉ではなかったけど。

「それでいいんだよ」

僕にはそう聞こえました。

知のバトン

知のバトン

今からしょーもないことを言います。

時間を無駄にしたくない方は読まないことをオススメします。


クレイジー・ジャーニーっていうテレビ番組、好きで録画して見ているのですが、〈遺体科学〉の回、最初はグロい話かと思ったらめっちゃ感動的な話でした。

学問というのは、知のバトンを渡すことなのだそうです。

音楽は学問じゃないけど、似た側面を持っているように思う。

ツイッターに、シタール奏者のH. Amit Royという方のボットがあって、私フォローしてるんですが、この先生も似たようなことを仰っています。

俺の弾いてる音楽、俺のもの何もない。全部先生からのもの。先生から預かって、また次の人に渡す。音楽、そういうもの。俺が!とか俺の!とか、そういうものじゃない。

https://twitter.com/amit_roy_bot/status/938639586724417536

俺の先生も、先生の先生も死んじゃった。俺ももうすぐ死んじゃう。みんな必ず死ぬね。音楽だけがずっと生きてる。

https://twitter.com/amit_roy_bot/status/940316187203792897

なんか名言好きな奴はしょーもないみたいなことを言ってる人がいたけど、僕は名言好きです笑

好き、というか、言葉で感動したり、救われたって思ったり、励まされたり、いいじゃんね。

武満徹がこんなこと言ってたなあとか、道夫先生だったらこう言うだろうなあとか。そういう連なりの中に自分も関われた気がして、やっぱりこういうことも自分のものだけにしておくのはもったいないから、あの人がこんなこと言ってたよって、バトンを渡したくなる。

あ、そうそう。バトンの話でしたね。

僕も結局、自分が言ってることのほとんど全部、先生が言ってたことだし。何か新しいことを言ったり、やろうというような気はサラサラないのです。

こう見えて。(どう見えてると思ってんだ)

教わったことをやってるだけ。

ただ一人の人から全てを学んでいるわけではないので、ある一面ではこの人から、別の面では別の人から教わったことをやる。その取捨選択が自分のオリジナリティなのかなあと思っています。

それで、何が言いたいかっていうと、バトン持ったまま死なないでねってことでした。

多分そういう人もんの凄く多いんじゃないかな。

まあある意味仕方ないと思うけど、それって凄くもったいないと思う。本人は知ったことではないだろうけど。

誰にもわからないようなことだったとしても、とりあえずなんらかの形でアウトプットすべきだと思う。

直感的にそう思う。

というか、僕が知りたいからか。

僕はバトンを受けとりたい。

握りしめたまま死なないで。せめて探せば拾えるところに置いといて、死んでほしいと思う。

こいつに話してもわかんないだろうって、諦めないで。わかんなくなたっていいからそのわかんない話僕にしてほしい。

20年後わかるかもしれないしね。

今年は忘年会の数が少なくってさみしい。

という話だったのかもしれない。

酔ってなかったらしなかったかもしれないような話、酔ってなかったら聞く耳を持たなかったかもしれない話って、あるよね。

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