再開!

このブログには、下書き機能というのがあって、下書きを保存出来ます。それがいいのか悪いのか、考えがまとまらなかったりすると、保存してそのままになっちゃうんですよね。

そうやって公開されることなく下書きのままになってる文章がいくつかあって、これじゃ日記じゃん!って感じです。
でも公開しないとブログになんないので、考えがまとまらなくても公開することにします。

ブログ再開します!


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カペラ

僕の所属している、ヴォーカル・アンサンブル カペラが、演奏動画を公開しました。

演奏しているのは、グレゴリオ聖歌のSalve Regeinaと、

それをもとにしたジョスカンの4声のSalve Reginaです。

どちらも、5/1の演奏会のリハーサル時間を利用してほぼ一発撮りで撮ったので、粗はありますが(僕も一カ所派手に間違えてます)カペラを一度も聴いたことのない方に、カペラの雰囲気を感じていただくには十分な動画になっていると思います。

ちなみにこれを撮影、編集してくれたのは、友人の新村氏が代表を務める、LEIBNIZ RECORDです。

今、世界には、ルネサンス音楽を演奏するにあたって大きく二つの潮流が存在するように思います。
ひとつは、「楽譜通りに演奏すれば、それだけで素晴らしい音楽になる」という立場、
もう一つは、「楽譜通りに演奏したって、それじゃあなんにもならない」という立場。

バロックの世界では、前者の立場は40年以上前に第一線から姿を消したように思います。
前者の立場とは、楽譜にフォルテもピアノも書いてないんだから、フォルテでもピアノでも演奏しないし、クレッシェンドもディミヌエンドも書いてないんだから、しない。という立場です。

バロック音楽ではそうですが、ルネサンス音楽ではどうでしょうか?

僕の認識する限り、前者の考え方が支配的だと思います。
多く合唱団がルネサンス音楽を演奏するのは、「基本だから」「粗が目立つから合唱団の基礎力を育成、披露するのに都合がいいから」だと思います。
だからコンクールの課題曲にもなるし、演奏会でも(大抵最初の方に)ちょろっと演奏します。

もとは音程を追求するグループであったイギリスのグループの影響が未だに大きく、音程とタイミング、つまり縦と横を揃えただけの演奏をよく聴きます。

グレゴリオ聖歌についても同じことが言えると思います。

誰でも、クラシック音楽をやっている人ならば、西洋音楽の基礎がグレゴリオ聖歌であることは知っていますが、なぜかそれを学ぼうとはしません。
まあこれに関してはグレゴリオ聖歌を教えられる人が少ないということに最も大きな原因があると思いますが。

そんな人にとって、カペラの活動が、何かきっかけになればいいなと思います。

「命の息吹としての歌=音楽」のようなものが感じられなければ、それは、もう音楽じゃないよ。
友人の合唱仲間が「音楽を聴いて感動したことが無い」と言っていたけれど、とても寂しいことだと思います。だけど僕自身もそうです。音楽を聴いて感動するようなことは、まあ滅多にないです。何年に1回とかいう頻度だと思います。

本当に音楽だけ見つめて、音楽の傍にいようと努力し続けている音楽家は少ないと思います。

「取り繕うような練習は、かえって遠回りだよ」
小林先生の言葉ですが、その通りだと思います。
本質を本質として捉え、枝葉を枝葉として扱うということ。
初心忘るべからずといいますが、音楽家にとっての初心とは、グレゴリオ聖歌に代表される、単旋律歌の精神だと思います。


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らうらうら

初めて彼らに出会ったのが18歳の時だからもう9年間一緒に歌ってます。

池田真子
佐々木ひろ子
佐藤拓
櫻井元希

以上の4人で演奏会をします。
$げんきのブログ
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ホームページみてね。
http://laulaula.tokyo-hp.com/i_786164.htm

らうらうらという名前は造語で、バスク語で4という意味のlauと、フィンランド語で歌という意味のlaulaをくっつけて、4人で歌うよって意味です。

前回公演がもう2012年2月だから1年半くらい経っちゃいましたが、第二回公演です。
前回はありがたいことに満員のお客様に聴いていただくことができまして、今回調子に乗って3公演もするもんだから大変です。

合唱でも、アカペラだけでひと公演作るのはなかなか大変なことなのですが、4人でそれをやるのはなお大変なのです。なかなか伝わらないこの大変さ。

前回やったような世俗ものを歌うステージもありますが、今回の企画の目玉はなんといっても剪画作家、吉田健嗣とこコラボによる、「キリエ×切り絵」です。

キリエなんて年がら年中飽きる程聴いてるぜ。って皆さん。なめちゃあいけませんよ。ああたキリエだけ40分間聴き続けたことありますか?
それも切り絵観ながら。。。。

ないでしょう?ないでしょう??

多分もう一生無いですよ。

ね?

気になってきたでしょう?気になってきたでしょう??

閑話休題

私たちlaulaulaはジャパンユースクワイヤという、東京混声合唱団の常任指揮者であらせられる松原千振氏主宰の合唱団で出会いました。

この合唱団には全国津々浦々らうらうらから集まった30歳以下の若人が全国津々浦々らうらうらで年に一回集って合宿し、演奏会をするという合唱団で、現在その企画は日本合唱連盟に引き継がれ、JCAユースクワイヤとなって活動しています。

実は剪画作家吉田健嗣ともここで出会いまして、何度も一緒に歌いました。
合唱歌いの剪画作家なんて世の中広しといえどそうはいませんよ。多分。

だからこそ実現した今回の企画。ジャパンユースでであった歌い手たちが、ジャパンユースで出会った剪画作家とキリエと切り絵でコラボする。

こんなことはもう二度とありません。多分。

あとこんな誰もが一度は思いつくただのダジャレを本気で演奏会にしようなんてバカが5人も集まることももうないでしょう。多分。

今回演奏するのは
マショー、マンディ、バッハ、ラインベルガー、高田三郎、シサスク、シュレンカー、ドゥブラ、ペルト、カプレ
などですが、やはり何と言っても一押しはバッハ、ちょっと見せちゃう。
世の中のバッハ狂い達よ、目ん玉ひん剥いてよおく見やがれ!

$げんきのブログ

ちょっと見ただけで凄いでしょう?凄いでしょう??
バッハのキリエ、というとh-mollミサやミサブレヴィスのそれが思いつくけれど、何と言っても私たちはアカペラ4人なのでそんなの演奏できません。

BWV371
この曲はキルンベルガーとカール・フィリップ・エマニュエルが編纂し出版したコラール集の中にある作品です。
歌詞はドイツ語によるキリエのトロープス。一節だけ引用すると。

Kyrie!
Gott Vater in Ewigkeit!
Groß ist dein’ Barmherzigkeit,
aller Ding ein Schöpfer und Regierer!
Eleison.

キュリエ!(主よ!)
永遠の父なる神!
偉大なのはあなたの慈悲、
全ての創造者であり統治者!
エライゾン!(憐れみたまえ!)

定旋律はKyrie fons bonitatis
$げんきのブログ

このメリスマ部分に上記の歌詞をあてはめたものに、バッハが和声付けしています。このフリギア旋法の定旋律にバッハが施した和声がまああ半端ない。半端ないっすよバッハさん!半音階多すぎっすよバッハさん!むずい!むずいっすよバッハさん!

これを聴かずしてバッハ好きを騙るなかれ!

11月2日は東京中央教会(大久保)へ!そして11月9日は灘区民ホール(神戸)へ!


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当たり前のこと

何でもそうだろうけど、自分が何の為にそれをやってるのかが見えなくなったらおしまいだと思う。

根幹を根幹として見て、枝葉を枝葉として見ること。
意味も理由も必然性も何もありません。ただやりたいからやってるんです。
と胸を張って言えるように。
何をするにしてもそうだと思う。
なぜ、なぜ、なぜを問う子どもに大人が何も答えられないように。
なぜに対する答えは何もないのだから。
古東先生が最初の授業で開口一番言ったことは
「ご存知のように皆さんが生きていることに意味はありません」
だった。
当たり前のことを当たり前に言うことは難しい。
でもそうだそうだと思っていることでも、誰かの口から聞けると感動する。
共感するということは感動するということだと思う。
古東先生の口癖、今の言葉に繋がる言葉はこうだ。
「むしろだからこそスゲー」
だから、意味のないことを、恥じることなく胸を張ってやり続けるしかない。
生き続けるしかない。

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想う

昨日長谷部が言ってたけど、僕も悩む事が好きなんだと思う。

悩むというのは選択肢があるということなのでそれ自体幸せなことではなかろうか。
そして高木義之曰く、悩むことはどうでもいいことだから。どうでもいいことを考える事ほど楽しいことはない。
例えば、あざみ野駅前の飲み屋のにいちゃんがJOYに激似で実は本人じゃないだろうかとか、そういう妄想は楽しい。
うん。ほんとにどうでもいいけど。
mixiの日記を振り返ると同時に、これまたなぜだかわからないけど広大の時の論文を読み返してみた。
これは読破するには至らなかったけど。あの頃の僕は今よりよっぽどものを知ってる。
反省。
広大での経験というのは僕にとって本当にかけがえがない。
今となってはそのあり得ない奇跡的な一瞬一瞬があまりにも眩しく輝いていて直視できない。
日食グラス買おうかな。
思い出すだけであまりに胸を締めつけるので血の気が引いて息もできない。
今の自分もきっとそうなんだと思う。
明日の自分にとっては。
胸を締めつけるような瞬間を、僕らは日常としてる。
思えば本当によく似ていた。JOYに。そして素晴らしい接客だった。
胸を締めつけるほど愛おしい。JOY似のお兄さん。
蕎麦も美味かった。焼き鳥も美味かった。胸を締めつけるほどに。
今日伺った合唱団のメンバーが、先日亡くなったそうだ。
今日は告別式で、団の代表の方が参列された。先日のモツレクの録音を流し、次回演奏予定の、歌いたかったエリアの楽譜を胸に。
なんと幸せなことか。きっとその方に演奏録音は聴こえていたし、今も歌っているに違いない。
癌だったそうだ。そして入団された時には既に末期だった。
この7月、祖母を癌で亡くし、ほぼ同時に叔母も癌に冒された。
今年はなんかそんな年らしい。次々に身の回りで人が倒れていく。
今ちょうど8番のカンタータを演奏しているが、自らも日々傾いていくこの生命について想う。
5年前の自分と同じように、光り輝くかけがえのない生を今も生きている。
亡くなった祖母はこのところ週一くらいのペースで夢に現れてくれるが、ほんとに日に日に元気になってる。
自分でトイレから帰ってこれるようになったし、食道癌で1ヶ月以上何も喉をとおらなかったのが嘘のように、なんでんかんでんうまそうに食いよる。
なんと胸を締めつけることだろう。
キリスト教の死生観なんか、知ったことか。死者は僕らのすぐそばに確実にいる。
愛の塊のような人だった。
ありがとう。
ありがとう。

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