光岡英稔 韓氏意拳講座|10回目:BUGAKU講座|13.14回目

先月は全然参加できなかったのですが、今月は2日で3コマ受講してきました。

土日の方にこのところ全然出来ずにいまして、連続受講もものすごく久しぶりだったもので、内容の多彩さに目が回っておりました。

今月の東京での講座は、
水)GPC空手
木)GPC剣術
金)GPCシラット GPC韓氏意拳
土)韓氏意拳(2コマ)
日)BUGAKU(3コマ)
月)GPC八卦掌
(GPCはグループプライベートクラスの略)

となっておりまして、まず光岡先生が鉄人過ぎるのは言うまでもなく、某I毛さんとかS水さんとかは全部参加したのかしらとか、受講する方のタフさもエグいです。

私なんか2日、3コマで全身疲労で翌日起きるのも億劫でした。。。


【これまでの講座レポート】
BUGAKU講座|1回目 https://wp.me/p7Ktcz-cpK
BUGAKU講座|2回目 https://wp.me/p7Ktcz-dGh
BUGAKU講座|3回目 https://is.gd/Gm9C17
韓氏意拳講座|1回目 https://is.gd/D3RjiJ
BUGAKU講座|4回目 https://is.gd/37Oxg1
BUGAKU講座|5回目 https://ux.nu/AmsQM
韓氏意拳講座|2回目https://is.gd/G7l53a
BUGAKU講座|7回目 https://is.gd/xiBfFB
韓氏意拳講座|3回目 https://is.gd/rDRgMX
韓氏意拳講座|4回目 https://is.gd/8BX3eO
BUGAKU講座|8回目 https://is.gd/tbIYiI
韓氏意拳講座|5回目 https://is.gd/YmZ2Yc
BUGAKU講座|9回目https://is.gd/BnOQit
韓氏意拳講座|6回目https://is.gd/dlMQTX
BUGAKU講座|10回目https://is.gd/RczZH5
韓氏意拳講座|7回目https://is.gd/a1Yor1
韓氏意拳講座|8回目https://is.gd/ayTQMA
BUGAKU講座|11回目https://is.gd/ayTQMA
韓氏意拳講座|9回目https://is.gd/NCZKxY
BUGAKU講座|12回目https://is.gd/zHtNYL


剣術

木曜は剣術のクラスでした。このクラスに参加するのは初めてで、一応私元剣道部ということもあって楽しみにしていました。

講座はまず「線」のことから。マスキングテープで直線を途切れ途切れに作ると、目に見える線と線の間に、目に見えない線が現れる。目に見える実線を設けることによって、目に見えない線の世界へ導入するという内容でした。

私、後から考えると非常にアホな質問をしました。

「ああ、正中線とかって言うときはその目に見えない線のことを言ってるんですね?」

そりゃそうだ笑

正中線が実際に書かれてたら相当面白い笑。

そんなやつおらへんやろ、ちっちきちー。

ただ、この見の目(顔についてる目)から観の目(心の目のようなもの)へという流れ、私にとっては新鮮でした。

というのも観の目の稽古として観法をやるとき、見の目は大体閉じてるんですよね。見の目と観の目を混同しないようにということだと思うのですが。

なので、見の目でこう実線を見ていって、実線と実線との間にある「空間の線」を「みる」というのが、自分としては見の目で見ているつもりが、いつの間にか観の目で観ている。

これがなんだか面白くて不思議でした。あれ?今目で見てるよね?あ、でもここに実際に線はないから目では見えないのか。そうかそうか。などという自問自答をしておりました。

それで試し稽古で見の目で見ている時と観の目で観ている時の違いというのを経験していきます。

実際に試してみると火を見るより明らかなのですが、自分の身体で経験したことのない人にとってはただのオカルトです。これはBUGAKUの全ての講座に共通することですが。

だからいつも、こうして言葉にすることに虚しさを感じながら書いているのですが、講座に参加された方が読んでくださっていたり、極稀に私きっかけで武術に興味を持ってくださる方もいるので、無駄ではないかなあと思い、続けております。

しかし本当に自分の身体で体験しないとわからないので、是非みなさんに体験していただきたいです。ここで学べることは少なくとも都市部で文化的な生活をしている方全てに有益な内容です。特にここ最近よりその価値は高まっていると思います。

いやー例えるなら、宮本武蔵が毎月東京で講座をやってると思ってみてください。みんな血眼で馳せ参じますよね。あと多分宮本武蔵よりはるかに教えるの上手いです笑

講座の内容に戻りますと、線の応用として「卍」を壁にテープで書いて、それを見る(と同時に多分「観る」)ことによる身体観の違いもみていきました。

これも不思議だったのですが、今この卍を確かに目で見てる、が線と線によってできた空間を観の目でも観ている、だから身体観が変わる。ということなのか、どうかちょっと自信ないです笑。質問しとけばよかった。。

そして剣術の型を教わって、それをまた卍を見ながら行う、ということもやりました。

型のことで新たに発見だったのは、型をちゃんとやろうとすると、「え、無理じゃない?変じゃない?こんなきついの?」ってことがあるのですが、それを疑問に思って、今の自分が普通だと思うやり方に変えてしまうと、型が意味を為さなくなる。

型はその型ができる身体を導くものでもあるということで、これは声を出すときも、ついつい私たちは、楽にできる方法を探そうとしてしまうのですが、今の自分の身体で無理なくできることをやってるだけではなーんも変わらんのですよね。え、これ無理じゃない?きつくない?あかんくない?っていう所を通らないといつまでもできるようにならない。(ただその結果ほんまにあかんこともあるのでその見極めが重要)

最近mahoneさんのところでガナリを教わってるんですが、これはもうこれまでの自分の身体が、あかん、そっちいったらあかん、そっから崖や!って悲鳴を上げるその道を全速力でダッシュするみたいな練習方法で、今まで本当にいろんな声を出しまくってきたんですが、まだここにこんな道があったのかと愕然としたんですよね。

ちょっと脱線しましたが、身体の持つ可能性、ポテンシャルを自分の意識、無意識がいかに閉ざしてしまっているかということなんだと思います。


シラット

2日目の午後はインドネシアの武術、シラットのクラスでした。

講座はまず観法から。

毎朝の稽古の中で私も色々なやり方で観法をやっているのですが、光岡先生の導観法はいつも本当に芸術そのものでありまして、魔法のように身体が変化していきます。

また、こういう観方もあるのかと、いつもその観方のバリエーションにも驚きます。今回はシラットの講座ということで、その身体観へと導くような観法でした。

例えば、右手の甲から背中を回って左足の甲を観るというときには、身体の中に竜巻が起こったかのように、ダイナミックに回転が起こりまして(実際の動きではなく)、ぶっとびました。

うん。トべるんですよねえ。観法って。クスリに溺れるより、酒に溺れるより、観法した方がいいよ。お金かからないし。

ねえ?怪しいでしょう?怪しいんですよ我々の生きている世界は。

世界は人知が及ばないほど複雑怪奇で、生きることはそれを受け入れることから始まるのじゃ。

はい。

観法に続いて、シラットの礼式と型を教わりました。

一通り教わった後、おもむろに先生がガムランの音源を流し始めたのですが、うんうん雰囲気出るよねとか思ってたら突然モーツァルトに変わったんですね。

なんか操作ミスかなとか思ったのですが、えらいもんでモーツァルトが流れている間みんな型の動きがピタッと止まって動けない笑

私はこのとき型を初めて教わったので、思い出しつつやってるとそうなのかと思いきや、みんなそうなんですよね。スルスルと流れるように型をやっていた人がモーツァルトによってピタッと動きを止められる。

文化と身体観と武術、これらは分かちがたく結びついているんですね。だからこそ混ぜるな危険。

しかしやってるのが日本人である私たちだからということなのか、能の囃子だと意外としっくりきちゃってる。

これは西洋音楽を日本人である私たちがやるときにも言えることなのではないかと思います。西洋音楽をやるのだから、西洋の身体観でそれをやるのは一つの方法だしとてもオーセンティックだと思うけど、やってるのは私たち日本人なのだから、どうやったってそのバックグラウンドが投影されてしまう。それを否定しないやり方で私は西洋音楽と向き合いたいと思ってます。


韓氏意拳

この日の夜のコマは韓氏意拳でした。韓氏意拳自体かなり武術界ではユニーク?な方な武術だと思いますが、その中でも光岡教室の内容は尖ってます。

今回は最初に観法、そして三元分立のお話、そしてシュワイジャオの型、でした。

(韓氏意拳やってねえ・・・)

そう。站樁も形体訓練もやらなかったんですが、私が参加した韓氏意拳講座で最後に站樁をやったのは多分2年前くらい・・・?

調べてみたら2020年の10月が最後でした笑

今回特に私にとって衝撃的だったのは、三元分立について。

気と、感覚と、動きとがそれぞれ別々にあって、混同しないように、くらいの理解だったのですが、その奥にとんでもない世界が広がっていました。

「外」としての行動・行為、「内の外」としての感覚、「内の内」としての気の世界がそれぞれ分かれてあるというのが三元分立で、更にこの「外」「内の外」「内の内」の真逆に「内」「外の内」「外の外」があって全体では6つの世界があると。

これを詳説するのはちょっとはばかられますし、容易にはわからないことなので省きますが、テンセグリティの梶川泰司さんと光岡先生が、一見真逆のことをしているように見えながら、なぜ響き合っているのかということがバチイっと理解できました。

まさに真逆だからこそ交わっている。

「内の内」を極める光岡英稔と「外の外」を極める梶川泰司。

声や音楽の世界で、前者の立場を担いたいなと思いました。後者はきっと岩崎ひろきさんが担うのだと思います。


お知らせ

Salicus Kammerchor第7回定期演奏会
ハインリヒ・シュッツの音楽vol.2
二人の天才
​〜モンテヴェルディ→シュッツ〜

【日時・会場】

5月20日(金)19時開演
日本福音ルーテル東京教会
チケット予約:https://tiget.net/events/160766

5月22日(日)14時開演
台東区生涯学習センター ミレニアムホール
チケット予約:https://tiget.net/events/160767

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