サリクス・カンマーコアのワークショップ!

サリクスカンマーコア主催のワークショップの情報が解禁しました!

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詳細リンクはコチラ

年末あたりから計画していて、ようやく詳細を公開することができて嬉しいです。
このワークショップは、サリクスがやろうとしていることを追体験できる、実感できるワークショップです。
ネウマに始まりバッハに終わる。
尊敬するカンタータクラブの先輩の金言、
「私の音楽史はバッハで終わっている!」
を体現したようなワークショップです笑。
あるいはA. シュヴァイツァーの言葉を借りれば、「かくしてバッハはひとつの終局である。彼からは何も出ていかない。すべてがひたすら彼を目指して進んできたのである。」的なワークショップです!
バッハに対する他の名言はコチラ
講師は私と渡辺研一郎です。渡辺研一郎氏は、東京芸術大学楽理科を装飾ネウマの研究で修了したツワモノで、ほんと、稀に見る天才です。
本物の天才って、今まで数人にしか出会ったことありませんが、彼はその1人です。彼と同時代に生き、共に音楽できることを幸せに思います。

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1日がかりでグレゴリオ聖歌からバッハまでを駆け足で巡るこのワークショップですが、僕達の考え方を体感していただける機会になると思います。
午前中は渡辺研一郎氏によるネウマ講座、午後は私にバトンタッチしてフランドル・ポリフォニー、午後の二コマ目にバッハをやります。ここで渡辺君には通奏低音を弾いてもらいます(彼は非常に優秀な鍵盤楽器奏者でもあります)。
今回は歌い方の講座ですので、使用する楽譜はモダン譜です。(計量記譜の読み方からやっていると、3倍くらい時間がかかってしまいます)
そして!ここ重要なのですが、サポート会員の方の受講料をかなりお安くさせて頂いております。

なんと一般の4000円引き!安すぎるんじゃなかろうかとも思いますが、特典の非売品CDも是非聴いて頂きたいし、5月にある定期演奏会にも是非来ていただきたいので、思い切ってかなりディスカウントさせて頂いております。

サポート会員についてはコチラ

先着16名様限定の講座ですが、現在すでに5名の方にお申し込み頂いております。

この調子だと早い段階で定員に達する可能性もありますので、お申し込みをお考えの方は、早めにお申し込み頂ければと思います。

――・――・――・――・――
櫻井元希へのお仕事のご依頼は以下のメールアドレスまで。
g.sakurai.office@gmail.com
発声・歌唱指導、合唱指導等承っています。

詳しくはコチラをご覧ください。

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サリクスの今後

先日第一回演奏会を終えた、Salicus Kammerchorですが、次回公演は来年5月を予定しています。

今日は母校にてその選曲の下調べをしてきました。
なんだかんだ言って選曲超楽しいです(笑)。

今後の大まかな展開妄想ですが、
第一回でSinget dem Herrnを演奏しましたので、
次回はFuerchte dich nichtとKomm, Jesuを中心としたプログラム、
第三回はLobet dem HerrnとDer Geist hilft、
第四回でJesu meine Freudeを演奏し、
第五回でバッハのモテット、全曲演奏会をしようと思っています(あくまで妄想です)。

という訳で、今日はFuerchte dich nichtとKomm, Jesuを中心としたプログラムを考えるべく、資料集めをしてまいりました。
この2曲は追悼式で演奏されたのではないかと考えられているので(確証はありませんが)、それにちなんで、「死、葬儀、追悼式」にまつわるプログラムにしようかと思っています(まだ妄想段階です)。

前回の演奏会で打ち出したこの団体のコンセプト「グレゴリオ聖歌からバッハを捉えなおす」はそのままですが、曲のテーマが全然違いますので、前回の演奏会とはずいぶん趣の異なったものになると思います。ご期待ください。

死にまつわる音楽作品、という視点で選曲していると、ハインリヒ・シュッツという人にはこのテーマに即した作品が数多くあることに気づかされました。
まずはロイス=ゲーラ伯ハインリヒ2世の葬儀のために書かれた「音楽による葬儀 Musicalische Exequien」があります。これはブラームスのドイツレクイエムのさきがけとも言える大作で、全て演奏すると30分ほどかかります。
https://www.youtube.com/watch?v=_Gd1DqDUC2U

他に、彼の近しい人物の死に際して作曲されたモテットが複数残っています。その中にはヨハン・ヘルマン・シャインが死の間際にシュッツに依頼した、「それは確かな信頼Das ist je gewisslich wahr」も含まれています。

あまりネタバレしても後々つまらないので、今回はこのくらいにしておきます。

今後のサリクスにご期待ください!


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サリクス

さて、ブログを再開するに当たって真っ先に書かなければならないことがある。

先日5/25に、僕が主催するSalicus Kammerchorの旗揚げ公演があった。
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グレゴリオ聖歌の歌唱法をバッハの演奏に活かそうという大それたコンセプトで始めた団体だ。
どういうことかという具体的説明はサリクスのFacebookページに、演奏会当日プログラムの一部をアップしているのでそちらをご覧になっていただきたい。
何しろ主催公演というものが初めてだったものだから、予算をたてるところから、会場をとることから、メンバー集めからプログラム構成やら楽譜の準備やらなんやらかんやらで、本当にすんごい大変だった。
生来の忘れっぽさを発揮して何一つタスクを覚えていられない僕を助けてくれたスタッフのH野さんには感謝が尽きない。
ほんとに僕は抜けまくってるポンコツなので、メンバーにも沢山迷惑を掛けた。
曲も差し替えがあったし、リハが始まってから楽譜が使い物にならないことが発覚したり、なんか中途半端な終わり方だなーと思ってた曲にSecunda parsがあったりもうしっちゃかめっちゃか。
だから今回何より自分を信用しないということを学んだと思う。
予算の見立ても甘く、大赤字を出して、妻にも多大なる心の負担をかけた。
こういう活動は食えないってことはわかってるつもりだったが、それでもこれ程までとは思わなかった。また、赤字を出すことで主催者がどういう精神状態になるのかということもわかった。
使う者と使われる者、両者の気持ちがわかることで、きっとこれから仕事の仕方が変わってくるだろう。
親の心子知らず
閑話休題
僕はこの団体の試みが世界初の試みだと思っているし、この団体は世界で唯一のコンセプトを持った団体だと思っている。違ったら教えてください。
だから赤字を出しても続けなきゃいけないのだけれど、毎年この赤字ではどうにもならない。その為に今真面目にバイトを探そうと思っている。何かいいバイトをご存知の方は教えてください。
さて、演奏に関してだが、それはそれは惨憺たるものだった。何しろ事故が多すぎる。縦も横もメッタメタにズレまくっていたし、本当に聞き苦しい限りであったと思う。
それは僕の指揮とリハーサルが悪かったからで、メンバーには何の責任もない。
でも、僕はそれでもいい演奏会だったと心から思っている。
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いい演奏とは何か。
僕はこの世に善悪が存在しないように、はっきり言って音楽にいいも悪いもないと思っている。
あるのは、「音楽か、音」だと思う。だから音楽があればいい演奏だし、それがなければただの音を聞いたなぁというそれだけの感想になるのだと思う。
音は道具になりうる、でも音楽はそうじゃない。モノが所有モードに属するのに対し、モノの存在が所有モードに属さないように。つまり音と音楽の関係は、オンティッシュとオントロギッシュの関係に似ている。
そういう意味で、オンティッシュな発想から言えば僕たちの演奏はズタズタだったが、オントロギッシュな発想から言えば、捨てたもんじゃなかったと思う。
理屈っぽくなってしまったが、早い話が「音程も何もかもグチャグチャでも、最高に感動的な演奏もあるし、音程も何もかも完璧でもなんにも感じない演奏もある」ということだ。
「綺麗だった」は音楽家に対する最大級の侮蔑の言葉だ。
小林道夫の名言に、
「崩壊寸前で楽しみましょう」
というものがある。
僕はそれをリハーサルで引用してみんなをステージに送り出したら、みんなはまるでその通りの演奏をしてくれた。
笑い話のようだが、こんな誇らしいことはない。
コンサートに関わって下さった全ての皆様に御礼が言いたい。
御礼はこちらにも書いたので、こちらもご覧になっていただきたい。
終演後、お客様に「感動して涙が出た」と言われた。
これって実は宗教音楽の演奏会ではあまり耳にしない言葉ではないだろうか。
僕は本当に嬉しい。
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終演後の楽屋にて


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カペラ

僕の所属している、ヴォーカル・アンサンブル カペラが、演奏動画を公開しました。

演奏しているのは、グレゴリオ聖歌のSalve Regeinaと、

それをもとにしたジョスカンの4声のSalve Reginaです。

どちらも、5/1の演奏会のリハーサル時間を利用してほぼ一発撮りで撮ったので、粗はありますが(僕も一カ所派手に間違えてます)カペラを一度も聴いたことのない方に、カペラの雰囲気を感じていただくには十分な動画になっていると思います。

ちなみにこれを撮影、編集してくれたのは、友人の新村氏が代表を務める、LEIBNIZ RECORDです。

今、世界には、ルネサンス音楽を演奏するにあたって大きく二つの潮流が存在するように思います。
ひとつは、「楽譜通りに演奏すれば、それだけで素晴らしい音楽になる」という立場、
もう一つは、「楽譜通りに演奏したって、それじゃあなんにもならない」という立場。

バロックの世界では、前者の立場は40年以上前に第一線から姿を消したように思います。
前者の立場とは、楽譜にフォルテもピアノも書いてないんだから、フォルテでもピアノでも演奏しないし、クレッシェンドもディミヌエンドも書いてないんだから、しない。という立場です。

バロック音楽ではそうですが、ルネサンス音楽ではどうでしょうか?

僕の認識する限り、前者の考え方が支配的だと思います。
多く合唱団がルネサンス音楽を演奏するのは、「基本だから」「粗が目立つから合唱団の基礎力を育成、披露するのに都合がいいから」だと思います。
だからコンクールの課題曲にもなるし、演奏会でも(大抵最初の方に)ちょろっと演奏します。

もとは音程を追求するグループであったイギリスのグループの影響が未だに大きく、音程とタイミング、つまり縦と横を揃えただけの演奏をよく聴きます。

グレゴリオ聖歌についても同じことが言えると思います。

誰でも、クラシック音楽をやっている人ならば、西洋音楽の基礎がグレゴリオ聖歌であることは知っていますが、なぜかそれを学ぼうとはしません。
まあこれに関してはグレゴリオ聖歌を教えられる人が少ないということに最も大きな原因があると思いますが。

そんな人にとって、カペラの活動が、何かきっかけになればいいなと思います。

「命の息吹としての歌=音楽」のようなものが感じられなければ、それは、もう音楽じゃないよ。
友人の合唱仲間が「音楽を聴いて感動したことが無い」と言っていたけれど、とても寂しいことだと思います。だけど僕自身もそうです。音楽を聴いて感動するようなことは、まあ滅多にないです。何年に1回とかいう頻度だと思います。

本当に音楽だけ見つめて、音楽の傍にいようと努力し続けている音楽家は少ないと思います。

「取り繕うような練習は、かえって遠回りだよ」
小林先生の言葉ですが、その通りだと思います。
本質を本質として捉え、枝葉を枝葉として扱うということ。
初心忘るべからずといいますが、音楽家にとっての初心とは、グレゴリオ聖歌に代表される、単旋律歌の精神だと思います。


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