クラウドファンディング締め切り間近!

Salicus Kammerchorのクラウドファンディングの締切が間近に迫っております。

今回は前回よりも目標額がかなり上がっているため、苦戦しております。

締め切り3日前の金額としては前回とほぼ同じなのですが、目標が高い分前回よりも苦戦感があります。

昨日コンビニで久しぶりにおにぎりを買って驚愕したのですが、普通の鮭おにぎりが232円もするんですね。。。

しかも明らかに小さくもなってますよね。

もうほんとに何もかも価格が高騰していて、その分もあってクラファン目標額も上がっているわけですが、賃金は上がってないので、苦しいですよね。私たちも苦しいですが、みんな苦しいので、お願いするのも心苦しいところです。

はい。政治をどうにかせんといかんです。皆様が潤わなければ我々は詰みます。皆様が芸術に注げる余力があってこその我々でございます。

それにしても私たちの活動をより多くの方に知っていただくというのは、現状でもできることで、補助金や助成金の類いに(コロナ禍を除いて)縁のない私たちにとっては、サポーターの母数を拡大していくということが生命線になります。

皆様ぜひとも口コミで広げてください。草の根活動が必要です。我々の活動なんぞほんとに吹けば飛びます。いつも綱渡りの自転車操業です。

いつまでも あると思うな 親とサリクス

ということでどうぞよろしくお願いいたします。


緊急ライブ配信!

クラファン締め切り目前のライブ配信を行うこととしました。

配信ページを作りましたので、「通知を受け取る」をポチしていただいて、ぜひリアルタイムでご参加ください。

アーカイブは2-3日は残すかもしれませんが、基本的に期間限定で、その後は非公開にする予定です。

わたし一人で喋りますので、みなさまのお便りが頼りです。何もないと早々に喋ることが無くなりそう笑

なくなったら蟹笛か骨笛か口琴でもやります。

上のページのチャット欄に既にコメントを入れれるようなので、そちらにいただいてもいいですし、Xのダイレクトメッセージなどでも大丈夫ですので、もうじゃんじゃんお寄せください。

前回のカンタータの録音を聴いたり、先日終演いたしました第11回定期演奏会の映像をちょこっとお見せしたりもしようかなと思っております。


東南アジア武術&ハワイアン八卦掌

そしてクラウドファンディング締め切り日の5月31日には、わたしが世話人をしている武学の講座もございます。

なぜこの日程が重なってしまったのかという感じですが、こちらも受講生を大募集しております。

東南アジア武術→https://bugakutokyo.blogspot.com/p/426-gpcgpc.html

ハワイアン八卦掌→https://bugakutokyo.blogspot.com/p/426gpc-gpc.html

空手とか剣術とかに比べると、この2つって具体的に何をやるのかイメージがつきにくいところがあると思います。

東南アジアって広いし八卦掌なら中国武術なんだなと思えるけどハワイアンって何?って思いますよね。

そしてまさにその疑問が、この2つの講座の最も興味深くキモになる部分なのだと感じています。

東南アジア武術の方は、ラオスの「名もない」武術が中心ですが、ローアート(座った低い姿勢での技術)なんかは特定の体系のものではなく、東南アジア各所に伝わる様々な武術にみられるローアートを総合したものなのだそうです。そんなの教えられるの光岡先生しかいませんよね。そしてラオスの武術の特徴は、それが無文字文化圏の武術だというところで、私たち文字文化圏の人間が忘れてしまった身体性がそこにはあります。文字以前の人間の原風景を知るという意味でもめちゃくちゃ面白い体系です。

東南アジア武術→https://bugakutokyo.blogspot.com/p/426-gpcgpc.html

ハワイアン八卦掌は、様々な地域からの移民が入り乱れ、文化の坩堝となったハワイで、八卦掌をベースにしながら、日本、中国、東南アジアなどの様々な武術の要素を取り入れ独自に変化した体系です。それだけでも面白いのですが、更におもしろいのは、文字文化圏(中国)の武術である八卦掌が無文字文化圏であるハワイで解体され、形骸化を免れ本質に迫っているというところで、そういう意味で東南アジア武術と共通するテーマとなるのではないかと思っています。

ハワイアン八卦掌→https://bugakutokyo.blogspot.com/p/426gpc-gpc.html

文字による形骸化というのは、西洋音楽の分野では楽譜による形骸化ということで身近なテーマかと思います。

楽譜があることによって音楽のほんとうのところが失伝してしまったということと、文字によって伝承されることで武術のほんとうのところが失伝してしまったというのは本当によく似た構造です。

失伝してしまった武術のほんとうのところを目指す光岡先生の営みと、失伝してしまった西洋音楽のほんとうのところを目指すわたしの営みは、僭越ながらめっちゃ似てると思っております。

だからわたしにとっては武術をやるということは全くわたしのやっている活動に直結してます。

武術と音楽は「同じ」と言っていいとすら感じています。

武術なので、稽古が辛く苦しいこともありますが、生きることの辛さや苦しさは相当和らぐと思いますよ。

正体がわかれば少なくともまず、漠然とした不安はなくなります。

それだけでもこの講座に参加する意義は充分にあると思います。

皆様のご参加をお待ちしております。

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