「私の言ってること、わかりますか」

最近伊藤亜和さんのエッセイにハマってます。上記タイトルはエッセイ集のタイトルで、「言葉」というエッセイの中から取られています。

ツイッターでこれ読めるのすごない。

3月に御殿場行ったとき、ちょっとした待ち時間でツイッター見てたら流れてきて、その場で本買いました。

これだけさらけ出して、これだけ優しい言葉で、これだけ品のある文章書ける人がいるんだなあと衝撃を受けました。

このエッセイ集結構薄いのですが、ひとつひとつの読後の余韻が凄すぎて、まだ最後まで読めてません。


今週末は珍しく忙しくて、木曜に9-21時の10hレッスンをやったあと、金曜はBUGAKUスピンオフ、土日は朝昼夜6コマ稼働という感じでした。

10hレッスンについてはコチラに書いてます。

BUGAKUスピンオフは今回いつにもまして盛り沢山で、初めて参加された方は大変だったんじゃないかと思いますが、わたしは超楽しかったです。

その中で、「量子力学なんて低レベルなものがなんで流行るんだろうね」というお話があって、うん。むしろ低レベルだから流行るんだろうなと思いました。分かる人が大勢いないと流行りようがないですもんね。

わたしも音楽の領域で似たようなことを感じることがありますが、なかなかそうハッキリとは言えないのがわたしの未熟さでございます。

今回の講座で一番大きな収穫であり今後の課題だと感じたのは、「音声は感覚体から、文字は客体から生まれる」というところでした。そして感覚体から生まれた音声も、客体から生まれた文字も、生まれた後に、物理的身体や思惟的身体で理解されるようになると、物理化、思惟化する。

わたしの専門領域にあてはめますと、古ネウマは客体から生まれたが、譜線に乗せた瞬間に思惟化したのだと、そう言えるなと思いました。

階名がただの音程を測るものさしに成り下がるのも同じ仕組みかと思います。

線の世界の稽古をしていくモチベがまたぐっと上がりました。

こういうことを書いていても、「わたしの言ってること、わからないだろうな」と思ってます。


光岡先生のやっていることよりは、わたしが教えたり伝えたりしていることは余程低レベルなので、まだわかりやすい部類だと思いますが、それでも一般の人には難しすぎるのだということを、この週末思い知りまして、今反省しているところであります。

土曜日朝日本斉唱団、昼お呼ばれのWS、夜合唱団エレウシス

日曜朝サリクス会議、昼古楽院講座、夜ヘクサコルドWS上級

という週末で、斉唱団やエレウシスではほんとに地道にちょっとずつちょっとずつ稽古しているので、着実に実力がついていっているのを実感しているのですが、2時間でチプリアーノ・デ・ローレのマドリガーレをWSお願いしますというのはやっぱりなかなか難しかったです。

産業革命以前の西洋音楽に関しては、とにかくヘクサコルドをやらないと何も始まらないと思っているので、それをやるのですが、チプリアーノ・デ・ローレなんてもう例外だらけで、基本を知らないのにいきなり例外から入るというのが無茶でした。すごく特別なことをたくさんやってるんだけど、何が当たり前かわからないと何が特別なのかもわかりません。

そんなわけで2時間でやるなら別のアプローチをすべきだったのかとも思いますが、とは言えわたしに依頼してくださっているというのはそれを期待されているということでしょうし、やっぱりヘクサコルドを抜きに別のことをやったところでもうそれは付け焼き刃以外の何物でもないですし。いや、付け焼き刃の方がマシということもあるかもしれませんが、なかなかそれはもう性分が許さないかも。

日曜の古楽院は今年度3回目で、「リズムと抑揚」というテーマでした。古楽院講座はルネサンス音楽をやる上でわたしが教えてることを網羅的にやってますので、ヘクサコルドもやった上でリズムの話をしています。ヘクサコルドに比べれば抑揚の話は非常に単純で、なにしろ「抑」と「揚」しかありませんので実践が容易です。なので2時間WSでとりあえずなにか得たいという場合にはこっちのほうがよかったのかなあなどと考えていました。これやるとひとまずなんとなく生き生きとした感じにはなるので。

夜のヘクサコルドWS上級では古ネウマをもとにしたグレゴリオ聖歌の歌いまわしと、デュファイの3声のモテットをやりましたが、これもちょっと上級過ぎたようです。

いつもこういう講座をやるとき、「この内容だと時間が余るかもしれない」と思ってます。この見立てがいつも外れていて、いつも時間が足りません。

いや、わかってるなら改善しろよという話なんですが、いつもメンバー違いますしね、なかなか読みが合わないんですよね。

というわけで今回のシリーズは1回で「レ旋法」の2つの旋法をやる、という予定でしたが、やはり1つずつ旋法を取り上げていこうと思います。順番通り第1旋法から。

そしてヘクサコルドWSについては、多分わたしの言ってる意味は伝わってると思います。ただそれを実践するのが難しいだけで。なので内容を少なめにしてひとつひとつにかける時間を増やせばいいのかなと思います。

実は先週先々週立教大学でゲストスピーカーとしてグレゴリオ聖歌とビチニウムを教えに行ったときも同じことを感じてまして、つまりわたしが教伝したいことは難しすぎるんですよね。

数時間で何かが得られるようなインスタントなことじゃなくて一生かけて稽古していくような類のことなので、なかなか入口の敷居を下げるのが難しい。

だからこそやりがいがあるとも言えるんですけどね。

なんかネガキャンにしかなってないような気がしてきましたが笑、難しいけどいい演奏するためにはやるしかないことだし、非常にやりがいもありますので、ぜひやりましょう。


気軽にボイトレ受けたいなら→オンライン・ショート・ボイトレ

グレゴリオ聖歌やるなら→日本斉唱団

産業革命以前の西洋音楽やるなら→合唱団エレウシス

ルネサンス音楽の基礎を網羅的に学ぶなら→古楽院講座

しっかりヘクサコルドに取り組むなら→ヘクサコルドWS

プロレベルを目指すなら→サリクス研修所

合唱団エレウシスについて

エレウシスのロゴは、いつもサリクスでお世話になっているけんしさんにお願いしたのですが、太極図がモチーフになっています。

陽のほうが人の顔になってて、陰の方は髑髏になってます。

で左側には麦っていう。めっちゃかっこいい。

太極図ってこういうのです。

そういえば陽中の陰はあるけど陰中の陽はないのか?いや、歯の部分がそれということで。

エレウシスといえば最近は牛のチラシで団員募集しています。

これは牛の声真似の発声練習をよくやってるからですが、実は四足の稽古は陰陽の稽古にもなってます。

これらは岩崎さんとこで習ったベルティングと、光岡武学で習った四つの陰陽表裏がベースになっています。

光岡武学のすごいところは、概念っぽく見えるものを実際にこの身体で経験できるよう稽古が構成されているというところで、上の太極図も、リアルに、現実に、「ああそうだな」と実感できるレベルで稽古できます。

いやー。自分の身体に太極図が観えた時はほんと興奮したわ。

え、あーあ、太極図ってこのことを言ってたのか!ってね。

わたしの稽古では実際そこまでのことはできません。3時間のワークショップなり合唱練習の中で、2時間の観法をやる勇気はまだないです笑

流石にクレーム来るだろうな。「何しに来たかわかりません!」ってなあ。

でも本当のところ、そうしたほうがいいのかもしれないなあとも思っています。

観法というのは、じっと身体を観る稽古法です。

そしてそれは光岡先生のとこに行ったほうがまあ目算10倍以上は効率がいいです。

光岡先生の観法の深さにまだ自分は全く至れてないし、すんごい頑張ったとしても、光岡先生が2時間で入れる深さに自分だったら20時間以上かかると思います。

だから理想としては、光岡先生のところで身体を練った人がわたしのとこに来て歌をやるっていうのがとてもとてもありがたいです。

身体のベースラインがあって初めて意味を為す歌の稽古をしているので、ほんとそうなったらいいなあと思いながら武学講座の宣伝を日々頑張っております。

もうみんなとにかくどの講座でもいいから光岡先生んとこ行ってください。マジで話はそれからだ。

いやもちろん光岡先生レベルのことを自分ができればいいんでしょうけど、それは少なくとも現世では無理です。

宮本武蔵に剣術が習えるとか、バッハに音楽習えるとか、プラトンに哲学習えるとか、もうそういうレベルですよ。光岡先生に武術を習えるということは。

同じ時代に生きているというこの奇跡的なチャンスを逃せる人の気が知れないですよわたしは。


話をエレウシスの方に戻しますと、そんなわけでロゴには陰陽と、生と死というテーマが盛り込まれています。

そもそもエレウシスというのはギリシャのエレウシスという名の地で行われていた「行」(よく秘儀と訳されます)がその名の元となっています。

これは秘儀なので具体的なことはわかっていませんが、死を通して生を知るという行であったと言われています。

死生観についてあまり軽々しく口にするのは憚られますが、少なくともそれに思いをいたすことで、生きることに対する不安とか、辛さ苦しさが相当和らぐということは言えると思います。

武術に取り組むということも結局はそこにつながります。

稽古は辛いですが、稽古することで生きるということの辛さはかなりマシになります。

技術論、動作論に回収されてしまうようなまがいものももちろん世に蔓延っておりますが、安心してください。光岡武学はガチです。

ただ技術論、動作論に回収されてしまったほうが、現代人的にはわかりやすいしドーパミンが出るので、そういう方が流行るのはまこと理にかなったことでございます。

だからそういうのが好きな人はそういうのやればいいと思います。いいですよそれはそれで、とても現代人らしくて。

そういうことを疑問に思える人は、たぶんこの現世で相当生きづらい思いをしていることでしょう。

そういう人は光岡先生んとこ行きましょう。マジで話はそれからだ。


またしても話が逸れましたのでエレウシスの方に話を戻しますと、わたしは音楽をそのようなものだと捉えています。

生きてるうちは生きてることを忘れてる。だから死を通して生を知る、エレウシスの秘儀のような媒介が必要になってくるのだけど、音楽はまさに、その媒介足りうると、そう考えています。

というか芸術ってそのためにあるんじゃないかな。

つまり、生きながらにして生きているとうことを知るために。

日頃から、「音楽の目的は音楽そのものだ」と言っているのでそれ矛盾してないか?と思われるかもしれませんが、わたしにとってはこれは矛盾してません。

音楽=生を知ること

なのでそれぞれ代入が可能です。

というようなことで合唱団エレウシスは合唱団エレウシスという名前になりました。

つまり「音楽することで、生きているということを知ろう」という団体です。

サリクスよりよっぽどよく考えられた名前です笑

サリクスはただネウマの名前から取っただけなので。とはいえ結果的に、今実践してる装飾ネウマの中で、最も印象的な歌いまわしを有しているのはサリクスだと思うので、それはそれで名は体を表していて良きかなとも思っています。

ちなみにサリクスの第2回定期演奏会のタイトルは「Melete Thanatou ー死が照らし出す生の輝きー」でした。これ、今まで考えた演奏会タイトルとして一番気に入ってます。

この演奏会はお葬式関係の歌ばかりを集めた演奏会だったのでそのように名付けたのですが、Melete Thanatouはまあ、そこそこエレウシスの秘儀と同じようなことです。死の試練などと訳されます。

この演奏会のプログラムに引用したのが明石海人のうたで、

薔薇が咲き 日が差し それが見えている こんなことさへ ただごとなのか

です。明石海人はハンセン病患者で、視力を失うということが避けられないという身の上でこのうたをうたったのですが、生きるということのただごとでなさをもう寸分の狂いもなく言い表していますよね。

人は病の時、死にそうな時、このただごとでなさを知るわけですが、まさにこの明石海人のうたは、このうたを通して、それを示してくれていますね。

かくありたいものです。

合唱団エレウシスHP:https://chor-eleusis.fun

東南アジア武術とハワイアン八卦掌

今年度から武学の東南アジア武術とハワイアン八卦掌の講座の世話人を拝命いたしまして、4月5月と2回講習会を終えました。

果たしてこの2つの講座は、「空手」「柔術」「剣術」などに比べて中身が一見してわかりにくいということで、私の実力の範囲で、この2つが一体どんな講座なのか、言葉にしてみたいと思います。


東南アジア武術

東南アジアというとインドネシアやフィリピンやマレーシアやラオスやベトナムやタイやカンボジアやミャンマーなど国だけ並べてもいっぱいあって、広さにしても中国大陸全体よりもデカい、というような話が先日の講座でもありました。

そこでは様々な言語が話されていて、とても一括りできないような多様な文化がある。にもかかわらず東南アジア武術と括っているのは、それでもその中に共通するナニカがあるからで、そのナニカを教えることができるのは多分世界広しといっても光岡英稔だけなのではないでしょうか。

そもそも光岡先生って上にも書いた「空手」「柔術」「剣術」「中国武術」と「東南アジア武術」「ハワイアン八卦掌」を全部教えてて、かつ単発講座では「呪術」とか「武運」とか「天狗」とか、さらに別枠で「武学の基礎」を教えていて、もうほんとに異常。これだけ横断的に様々な武術を教えられる人っていないですよね。普通。

そしてそれこそが光岡英稔の光岡英稔たる所以だと思います。

これだけ多岐にわたる世界の武術を一人の人間が教えているという、その縮小版が「東南アジア武術」の一講座の中で味わえる、とも言えるのではないでしょうか。

様々な武術を通して、それらがまるで別々でありながら、それでもその中にあるより普遍的な人間とは何か、を知っていくのが武学の全体像だとすれば、東南アジア武術はインドネシアやフィリピンやタイやマレーシアやラオスのそれぞれの文化が、多様でありながらそれでもその中にある「東南アジア武術」の核みたいなところを伝えようとされているのではないかと思います。

そして、その中でも中心に扱っているいるのがラオスの名もない武術、ハワイに渡ってただ「flower」とだけ呼ばれていた謎の武術には、武術の原風景があると言われます。

原風景ってなんぞや。

無文字文化圏であるラオスの、無文字文化圏ならではの武術、型のひとつひとつに名前がついて、文字化されて伝承される日本や中国の武術にはない原初性、カオスがカオスのまま残され伝わった武術の真実に対する親密さ、が特徴なのではないかと思います。

何か例えば音楽を聴いたとして、その時に感じた得体のしれないナニカを、言葉にした途端に「そうなんだけどそれじゃない」って思うことありますよね。言葉にするとそれじゃなくなってしまう。

それを言葉にしないで「それ」そのまま伝えようとしてるんだと思います。

かといって言葉にするのがアカンというわけではなく、それ(文字と真実は違うということ)を知ってないとあかんのだと思います。いや、みんな多分知ってはいるんだけど、でも忘れてますよね。

「楽譜と音楽は違う」と口では言いながら楽譜通りに音を出すことしかできないクラシック音楽家みたいなもので。

「文字」と「楽譜」ってほんとよく似てますよね。

それによって表そうとしたナニカを、いとも簡単に形骸化させてしまう。

そうならないためにはよほどの四性(知性・感性・観性・悟性)が求められるのだと思います。

こういうことを考えていると、こうして言葉にして文字にすること自体に躊躇いが生じてしまうような気がしますが、光岡先生は「言葉になることを言葉にしてもしょうもないが、言葉にならないことをそれでも言葉にすることには意味がある」とおっしゃいます。人一倍ツイッターを愛し、日々インターネットの海に言葉を垂れ流さずにはいられない人間にとしては、非常に励まされるお言葉でございます。

そんなところが、「武術の原風景」の意味するところで、奥の方にはそういうテーマがあるわけですが、実際の稽古はなんというか、ゆるゆると楽しげな踊りのような見た目をしています。

No effortで正確に、というのが東南アジアらしさで、どうも日本人的には武術というと構えてしまうのですが、真面目な顔とかするのはむしろ東南アジア武術的には習得の妨げとなるようです。

先日の講習会でも、「みんな顔が真面目すぎるよ」と言われまして、それで思ったのですが、わたしは一体何に対して真面目な顔をしているのでしょうか。

一人で稽古している時もこの顔で稽古しているのでしょうか。

多分そうじゃないよなと思いました。つまり、誰かに対して、自分が真面目にやってますよというアッピールをしてたんですよね。

もうこういうのって幼い頃に身に着けた生活習慣で、まあ生きる知恵と言えないこともないのですが、子どもじみたその場しのぎの処世術ですね。

わたしって周囲の人にわたしが真面目な人間であるということを信じ込ませることが得意なようで、それで世渡りしてきたんですよね。

でまあ今になって、ほんとにしょうもないことを何十年もやってきたものだと笑えてきました。

そういう自分のしょうもなさみたいなもんにも気づくことができます笑

武術的にも音楽的にも無駄をなくすというのはとても大きなテーマですので、こういう無駄なことやめようと思います。こういうのって、ごっつい力でこびりついて、剥がすの難しいんですけどね。おかしくもないのに笑うとか、痛くもないのに「いたっ」って言うとか。幼いときに身に着けた今となっては無駄な条件反射。

「東南アジア武術」では、やってることがかなり武術らしくないので、武術やったことのない人も気後れせずに入っていける気がします。また逆にこれまで武術をがっちりやってきた人も、武術ってなんだということに取り組むきっかけになるのではないかと思います。

先日の講習会で、初参加の方に、「なぜ数ある講座から東南アジアを選ばれたのですか?」とお聞きしたのですが、「説明を読んで一番意味がわからなかったから」とお答えいただきまして、「それそれ〜〜」となりました。

わからなさを面白がれるかどうかは、光岡武学に取り組む上で非常に大きな素養と言えると思います。

わたしも最初武学受講したときに、わからなすぎて笑えました。わたしって頭の出来に少々自信があって(これは遺伝なのでわたしの手柄ではない)、大概のことはちゃんと説明されればわかると思ってたんですが、マジで全く何一つ理解できなかったんですよね。最初の数回。

それが、わたしが武学を続けようと思った最初の動機かもしれません。

わかんないままにしておくの無理なんですよね。これもただそういう負けず嫌いで諦めの悪い性分というだけなのですが。

数ある武学の講座の中でも、わからなさランキングで多分3位以内には入りそうなのが「東南アジア武術」です。

わからなさを面白がれそうな人には特にオススメです。

詳細・お申込みはこちら→https://bugakutokyo.blogspot.com/p/426-gpcgpc.html?m=1


ハワイアン八卦掌

今年、東南アジア武術と同じ日に開催することなったのがハワイアン八卦掌で、こちらもわたくし世話人をやらせていただいております。

こちらの武術もなかなか一筋縄ではいかない成り立ちをしていて、一言で説明するのが難しい部類に入ります。

八卦掌というのは中国武術で、それはググればわかることなのですが、何が「ハワイアン」??

ハワイアン八卦掌でググるとただただ武学関連の記事ばっかり出てきます。

ハワイアン八卦掌は、クリス・リー・マツオ師範が忍術、柔術、ハワイでの光岡道場での教え、龍形八卦掌、蛇形八卦掌、チベット密教や道教に至るまで、様々な要素が取り入れて形成した武術です。

基本的にこういった諸流派は「混ぜるな危険」なのですが、複数の体系を比べることによってそれぞれのアイデンティティが純化されて抽出されるという、ハワイアン八卦掌はまさに武学の理念を体現しているかのような武術です。

東南アジア武術のところでも書きましたが、様々な文化から生まれた様々な武術体系がそれぞれ際立って別々のものとして存在しながら、それでもその中にある、同じ人間としての「共有部分」に迫るという感じです。

これってまさにわたしが音楽を通してやろうとしてることなんですよね。(小声)

民族音楽学って昔は比較音楽学って呼ばれていたそうなんですが、わたしがやってることってまさにそれなんですよね。(比較音楽学のままでよかったのにねえ。)

わたしが広大時代にお世話になって今も多大なる影響を受けている古東哲明先生の専門が比較哲学で、やっぱり哲学において光岡英稔が武術によってやろうとしてることをやってるんですよね。

なのでそういう意味では武学というのは比較武術学と言えるんではないかと思います。

様々な音楽を比較することで音楽って何だ、人間って何だ、を問うことと

様々な哲学を比較することで哲学って何だ、人間って何だ、を問うことと

様々な武術を比較することで武術って何だ、人間って何だ、を問うことは

同じことをやってるんだと思います。

それでハワイアン八卦掌はそのコンセプトがひとつの武術体系として結実したものであると、そう言うとほんとめちゃくちゃ魅力的に感じられてきますね。魅力的なのですよこれが。

そんなわけであまりにも体系が膨大なので、数回講座に参加するだけだとそのほんのちょっとの片鱗に触れる感じになってしまうのですが、2-3年やってると、ああ、あれがあれで、それがこれとつながってるのかと、なんというかこう急にビキーンってエウレカ体験がやってきて病みつきになっちゃいますね。

そしてハワイアン八卦掌のテーマとなっているのが、「円周(キワ)と中心」です。これをキーワードとして傍らにおいておくと、理解の助けになると思います。自己中心性、他者中心性、自他中心性の3つの中心性を知っていくという、これだけ聞くと抽象的な概念のお話なのかなとみえてしまいますが、これらは実際に身体で経験されていきます。

武学の講座全部に共通してることですが、概念や観念や想像や妄想に一見見えるようなことを、実際に経験します。昔の人の言ってることってどこか謎めいていて何いってんだかわかるようなわからんようなことが多いのですが、身体で経験して、ああ、そういうことかってなる面白さ。

頭ではわかりにくい、というかわからないんですが、身体が経験してるんで大丈夫。安心してください。経験してますよ。

「比較武学」「円周と中心」

ピンときたかたはこちらの講座がオススメです。

https://bugakutokyo.blogspot.com/p/426gpc-gpc.html?m=1


そしてこちらは来週の金曜日の開催となりましたBUGAKUスピンオフです。

こちらは武学本体からは離れ、課外授業的に不定期で開催していましたが、今年は2か月に1回の開催が決まっております。

光岡先生のこれまでの武術の研究から、「声」というテーマで講習会をやっていただいています。

本当にそもそものそもそものそもそものことをやっているので、実際すぐにパッと自分の活動に使えるようなそんなハウツー的な何かは全然ないんですけれど、これもじっくり声の出るほんとに最初の最初のところから見つめていく、そんな講座でございます。

もともとは声のプロ限定の講座でしたが、最近はどなたでも参加していただけるようになっております。ただもともとの性質上平日昼間の開催になっておりますのでその点ご容赦ください。

わたしがなぜこう熱心に光岡先生の講座を皆様におすすめしているのかというと、これが古楽をやる上でぜひとも必要だと考えているからです。

わたしだけが上手く演奏できるようになればよいということであれば、自分が武学に通い、ひたすら稽古をしてればいいだけの話なんですが、わたしがやりたいのは「文化の再創造」なのです。

自分ひとりだけ上手くなっても意味ないのです。

なのでわたしと志をともにしてくださる皆様には是非ともどれかに参加してほしいと思っています。

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeLoctyYQPe0PRlE4R-xBndgrALk2eXz4m6p1vMZqgbp5GMzw/viewform

クラウドファンディング締め切り間近!

Salicus Kammerchorのクラウドファンディングの締切が間近に迫っております。

今回は前回よりも目標額がかなり上がっているため、苦戦しております。

締め切り3日前の金額としては前回とほぼ同じなのですが、目標が高い分前回よりも苦戦感があります。

昨日コンビニで久しぶりにおにぎりを買って驚愕したのですが、普通の鮭おにぎりが232円もするんですね。。。

しかも明らかに小さくもなってますよね。

もうほんとに何もかも価格が高騰していて、その分もあってクラファン目標額も上がっているわけですが、賃金は上がってないので、苦しいですよね。私たちも苦しいですが、みんな苦しいので、お願いするのも心苦しいところです。

はい。政治をどうにかせんといかんです。皆様が潤わなければ我々は詰みます。皆様が芸術に注げる余力があってこその我々でございます。

それにしても私たちの活動をより多くの方に知っていただくというのは、現状でもできることで、補助金や助成金の類いに(コロナ禍を除いて)縁のない私たちにとっては、サポーターの母数を拡大していくということが生命線になります。

皆様ぜひとも口コミで広げてください。草の根活動が必要です。我々の活動なんぞほんとに吹けば飛びます。いつも綱渡りの自転車操業です。

いつまでも あると思うな 親とサリクス

ということでどうぞよろしくお願いいたします。


緊急ライブ配信!

クラファン締め切り目前のライブ配信を行うこととしました。

配信ページを作りましたので、「通知を受け取る」をポチしていただいて、ぜひリアルタイムでご参加ください。

アーカイブは2-3日は残すかもしれませんが、基本的に期間限定で、その後は非公開にする予定です。

わたし一人で喋りますので、みなさまのお便りが頼りです。何もないと早々に喋ることが無くなりそう笑

なくなったら蟹笛か骨笛か口琴でもやります。

上のページのチャット欄に既にコメントを入れれるようなので、そちらにいただいてもいいですし、Xのダイレクトメッセージなどでも大丈夫ですので、もうじゃんじゃんお寄せください。

前回のカンタータの録音を聴いたり、先日終演いたしました第11回定期演奏会の映像をちょこっとお見せしたりもしようかなと思っております。


東南アジア武術&ハワイアン八卦掌

そしてクラウドファンディング締め切り日の5月31日には、わたしが世話人をしている武学の講座もございます。

なぜこの日程が重なってしまったのかという感じですが、こちらも受講生を大募集しております。

東南アジア武術→https://bugakutokyo.blogspot.com/p/426-gpcgpc.html

ハワイアン八卦掌→https://bugakutokyo.blogspot.com/p/426gpc-gpc.html

空手とか剣術とかに比べると、この2つって具体的に何をやるのかイメージがつきにくいところがあると思います。

東南アジアって広いし八卦掌なら中国武術なんだなと思えるけどハワイアンって何?って思いますよね。

そしてまさにその疑問が、この2つの講座の最も興味深くキモになる部分なのだと感じています。

東南アジア武術の方は、ラオスの「名もない」武術が中心ですが、ローアート(座った低い姿勢での技術)なんかは特定の体系のものではなく、東南アジア各所に伝わる様々な武術にみられるローアートを総合したものなのだそうです。そんなの教えられるの光岡先生しかいませんよね。そしてラオスの武術の特徴は、それが無文字文化圏の武術だというところで、私たち文字文化圏の人間が忘れてしまった身体性がそこにはあります。文字以前の人間の原風景を知るという意味でもめちゃくちゃ面白い体系です。

東南アジア武術→https://bugakutokyo.blogspot.com/p/426-gpcgpc.html

ハワイアン八卦掌は、様々な地域からの移民が入り乱れ、文化の坩堝となったハワイで、八卦掌をベースにしながら、日本、中国、東南アジアなどの様々な武術の要素を取り入れ独自に変化した体系です。それだけでも面白いのですが、更におもしろいのは、文字文化圏(中国)の武術である八卦掌が無文字文化圏であるハワイで解体され、形骸化を免れ本質に迫っているというところで、そういう意味で東南アジア武術と共通するテーマとなるのではないかと思っています。

ハワイアン八卦掌→https://bugakutokyo.blogspot.com/p/426gpc-gpc.html

文字による形骸化というのは、西洋音楽の分野では楽譜による形骸化ということで身近なテーマかと思います。

楽譜があることによって音楽のほんとうのところが失伝してしまったということと、文字によって伝承されることで武術のほんとうのところが失伝してしまったというのは本当によく似た構造です。

失伝してしまった武術のほんとうのところを目指す光岡先生の営みと、失伝してしまった西洋音楽のほんとうのところを目指すわたしの営みは、僭越ながらめっちゃ似てると思っております。

だからわたしにとっては武術をやるということは全くわたしのやっている活動に直結してます。

武術と音楽は「同じ」と言っていいとすら感じています。

武術なので、稽古が辛く苦しいこともありますが、生きることの辛さや苦しさは相当和らぐと思いますよ。

正体がわかれば少なくともまず、漠然とした不安はなくなります。

それだけでもこの講座に参加する意義は充分にあると思います。

皆様のご参加をお待ちしております。

ヴォイストレーナー紹介

SNSで時々「ヴォイストレーナーを探してるけど誰がいいのかわからない。敷居が高い。どんなレッスンか不安。一度初めたらやめにくいんじゃないか。」等々の不安がある方の投稿をお見かけします。

まずヴォイストレーニングに関して、少なくとも私の信頼する方はみんな、自分を訪ねてくる方のことを第一に考えています。その人の声が良くなればいいな、その人がよりハッピーな人生を送れればいいなと思ってます。なので1回来て気に入らなければそれでいいし、自分のところで上手くいかないよりも、他の人のところで上手くいくなら絶対にそっち方がいいと思ってます。

だからまず敷居が高いということはないし、好きな頻度で通えばいいし(オススメの頻度はあるかもしれないけど)、やめたいときにはいつでもやめればいいです。

以下私の面識のある範囲内で、この人は信頼できる!という方をここに紹介したいと思います。

文責は私櫻井元希にあり、私から見たそれぞれの方の紹介です。あまり客観性を期待しないでください。

紹介順はあいうえお順とします。(敬称略)


櫻井の信頼するヴォイストレーナー


岩崎ひろき

HP:http://gospelvoicelab.com/
Twitter:https://twitter.com/Dirhirokiiwa

岩崎さんはTensegral Vocal Workと題して、歌唱におけるテンセグリティを研究されています。

https://note.com/dirhii1030/n/n11277b45134c?magazine_key=mc406334b75bb

科学的でありながら部分に囚われず繋がりをいかに大切にするか、ということを大きなテーマとされているのかなと思います。

バックボーンがゴスペルなので、ベルティングのような強くしっかりした声で高い音出したい!という人にはうってつけです。

阿佐ヶ谷のアットホームなスタジオでレッスンされていて、家に遊びに行ったかのような親近感があります。が、等身大の骨格標本とか置いてあったりするので、ぎょっとする人はぎょっとするかもしれません笑


小久保よしあき

HP:https://kokubovoicetraining.com/
Twitter:https://twitter.com/yoshiakikokubo
Youtube:https://www.youtube.com/@kokubovoicetraining

小久保先生は私が学校を卒業してから一番長くお世話になった先生です。

ミックスボイスといえばこの人!

ミックスボイス出してえ!という方はもうとりあえず門を叩きましょう。

高田馬場のオシャンなスタジオでレッスンしてくださいます。

上のyoutubeチャンネルはかなりガチのオタク向けな側面が強いですが、最近はBRIDGEというユニットでTik Tokやyoutubeでポップなショート動画をいっぱいアップしています。

https://www.youtube.com/@bridge-vocal

https://www.tiktok.com/@bridgevocal

チャンネル登録7万Tik Tokフォロワー16万人?!えぐ!


佐藤拓

HP:https://contakus.com/
Twitter:https://twitter.com/contakus

拓さんはもう18年一緒に歌ってる仲間です。

ここ3年位でしょうか、メソッド化されている十種発声の生みの親です。

これはほんとによくできていて、非常に低リスクな、自主練に最適なメソッドだと思います。

普通ボイトレって自主練が難しくて、だからこそレッスンに通うわけですが、このメソッドは自主練によって、あらぬ方向に声が迷走してしまうリスクが極めて少ないです。

拓さんとはコエダイr合唱団で共に講師をしているのですが、そこでのアドヴァイスがなんというか私には全く思いつかない角度からのものが多くて、え、それでそうなるのか!とよく驚いてます。

練馬の自宅スタジオで教われるようです。

十種発声についての動画↓


徳久ウィリアム

HP:https://www.reservestock.jp/page/index/29827
Twitter:https://twitter.com/tokuhisawilliam
Youtube:https://www.youtube.com/@SVCwilly/featured

上の動画にも出てますが、このお二人と私の三人でコエダイr合唱団の講師をしております。豪華ですね〜〜。

コエダイr合唱団のFBページはこちら↓
https://www.facebook.com/koedai.r.choir/?locale=ja_JP

徳久さんとも拓さんとほぼ同時期に知り合ってます(第1回Tokyo Death Metal Festivalにて)。その後しばらく空いて、私が大学院にいた頃に、死にそうになって助けを求めたのが徳久さんでした。

というわけで徳久さんは私の命の恩人です。

専門としては特殊発声ですが、それを用いながら普通の声も指導してくれます。

というか身体と、声を出すこと、とを繋いでくれるって感じでしょうか。

いわゆるボイトレとは一味違った体験ができます。


富本泰成

HP:https://acappellabo.amebaownd.com/
Twitter:https://twitter.com/tomimotomomito
Youtube:https://www.youtube.com/@user-vq8wt5dm4k/videos

同級生です。信じられないくらいあちこちで一緒に歌ってます。

かなりアンサンブルに特化した歌手なので、アンサンブルで使える声を作りたい!という人にはうってつけです。

これだけアンサンブルに特化した歌手で、かつボイトレ業をちゃんとやってるクラシック出身の歌手というのはなかなかいないと思います。

ボイトレだけじゃなくイントネーション(音程のとりかた)その他アンサンブルに必要な技術を学べます。

流山市の自宅スタジオでレッスンしてるようです。


Mahone

HP:https://mahone.jp/
Twitter:https://twitter.com/mahomaho_MAHONE
Youtube:https://www.youtube.com/channel/UCB6lggFSZ1lTpHJe87GE9Rw

Mahoneさんはスクリーム系の発声を専門としたヴォイストレーナーです。

ヴォイストレーナーなんですけど、実際こんなバカテクのエクストリーム・ヴォーカル他にいます?っていうくらいすんごい歌手です。

youtubeの動画見てもらったらわかると思いますが、マジで変態的なバカテクヴォーカルです。

ちょっと人智を超えてる。

教える方も凄くて、これだけ繊細に、理路整然とスクリームを教えられる人は多分他にいないです。

耳が信じられないくらい良くて、自分ではとても聞き分けることのできないような微妙なノイズの変化を察知して導いてくれます。

クラシック歌う人に特におすすめです。特に女性。「ホイッスル教えて下さい」って言えば良いことが起こります笑。男性はガナリを習うのがおすすめかな。

新宿のスタイリッシュなスタジオで教えてくれます。


番外編


寺原太郎

HP:https://srgmtaro.jimdofree.com/class/
Twitter:https://twitter.com/srgmtaro
Youtube:https://www.youtube.com/@srgmpure

以上がヴォイストレーナーですが、歌をやっている人全てにおすすめしたいのがインド古典声楽を教えてくださる寺原太郎さんです。寺原さんはバーンスリー奏者ですが、誰よりも歌がうまいです。

「あ、歌ってこういうことだったんだ」って思います。

西荻窪のライブハウスか、佐倉のご自宅でも教えて下さいます。


光岡英稔

HP:http://bugakutokyo.blogspot.com/2012/10/blog-post_9.html
Twitter:https://twitter.com/McLaird44

「うーむ。歌の練習する前に身体をなんとかした方が良いな。」

そういう方に激奨なのが光岡先生です。

韓氏意拳という中国武術の正統継承者であり日本のトップでもあります。

他に、BUGAKUという講座を主催されて、全国津々浦々で教えておられます。

武術の目的は生き延びること。

生と死の狭間で、生きるとはどういうことなのかということが学べます。

そんなに大げさじゃなくても、まあ確実に生きやすくなります。

全人類におすすめです。


番外編の番外編

櫻井元希

HP:https://genkisakurai.com/
Twitter:https://twitter.com/g_sakurai1031
Youtube:https://www.youtube.com/@carcassgorgoroth/videos

最後に恥ずかしながら不肖わたくし櫻井元希の紹介もさせてください。

今回ご紹介させていただきました、岩崎さん、小久保先生、徳久さん、Mahoneさん、寺原さん、光岡先生に師事し、歌と指揮の活動をしております。

声という分野では、300年から1000年前のヨーロッパの人が一体どんな声でどんな歌を歌っとったのだということを妄想し、日々試行錯誤しております。

そんなわけで以上の様に幅広く様々なジャンルの先生方に教えを請い、稽古鍛錬に勤しんでおるところでございます。

私も江戸川区の自宅スタジオでレッスンやっておりますので、ご興味ありましたらご連絡ください。