合唱団そら 第6回ミサ曲ロ短調演奏会|終演

合唱団そら 第6回ミサ曲ロ短調演奏会|終演

またしても飛行機でブログ書いてます。

最近スマホが飛行機内でも使えるようになって非常に助かってます。

昨日合唱団そらのロ短調終演いたしました。

ご来場下さいました皆様、誠にありがとうございます。

本当に素晴らしい演奏会でした。

昨日の打ち上げで喋ったことをほぼそのまま書きます笑


そらは私が中二の時からお世話になっているので、そらに入ってかれこれ17年経ちました。

本当にいつもお世話になっていて、一体何リットルのお酒をご馳走になったことやら。下手したら何ガロンかもしれません。

なのでいつも何か恩返しがしたいと、思っています。理想的には自分の歌でそれができればいいのですが、なかなかそう思えるところまでは至っておりません。

ただ胸を張って、これだけは私の手柄だと言えるのは、野間ちゃんをそらに紹介したことです。

2年前でしょうか、確かその頃カンタータクラブでもロ短調をやっていた頃ではないかと思いますが、野間ちゃんをそらに紹介しました。

予想を超えて急速にそらに馴染んでくれて、毎回そらのみんなは野間ちゃんが来るのをとても楽しみにしています。

僕が野間ちゃんをそらに紹介したのは、もちろんいい歌を歌うから、なんですけど、特に、ハートと、気合いがあるからなんです。

音楽を判断する基準って(ここでも度々書いてる気がしますが)とても難しくって、特に価値観の多様化した現代音楽なんかではそれが顕著だと思いますが、何が良くて、何が良くないのか、はっきりいうことがとても難しくなっています。

だから割と多くの場合、物理現象によってそれを判断してしまう。音程があってるか、高い声が出るか、滑らかに音が繋がっているか、抑揚があるか、テンポはどうか、アーティキュレーションはどうか。

そういうことでしか音楽の良し悪しを判断できない人は本当に多い。

でも音程の無い音楽では音程で音楽を判断できないし、端から端までずっとノイズ、とか、極端な場合無音が音楽ですって言われたら、どうやってその良し悪しを判断しますか?

たとえば僕が「3分44秒」という曲を作ったら、良い曲ですか?


それで何が言いたいかというと、音楽の一つの判断基準が「気合いがあるかどうか」だと思うんです。

これとってもわかりやすいと思うんですけど、実はとあるノイズ系パフォーマーの受け売りです。

物凄く自分にとって腑に落ちてます。

僕の作った「3分44秒」は、ジョンケージの「4分33秒」と何が違うのかというと、物凄くわかりやすく言えば、気合いが違うんです。これは物凄く大きな違いです。だから僕の「3分44秒」は、ジョンケージの「4分33秒」と比べるとびっくりするくらい劣ってるんです。それはそれはお話にならないくらい。

それで、意外と世の中、声が良かったりテクニックがえげつなかったりする音楽家は多いんですけど、この「気合いがある」音楽家って少ないんですよね。まあそれがあるかどうか判断するのも自分なので、「僕にとっては」ということになるんですけど。

野間ちゃんの歌にはそれがあるんです。確かにある。

僕の身の回りにはそういう歌手は二人しかいない。二人いるというのも凄いことだと思うしありがたくって出会いに感謝って感じですけど。

ほんとどこに出しても恥ずかしくない。

音楽をやる上で一番大事なことを持ってる。

それで、一番言いたいのは、僕のこういう価値観は、そらで培われたんだなということ。

今回の演奏会でそれを再確認しました。

もうほんと。

「コレダヨネ」

って感じ。私がやりたいことってまさにこういうこと。

まさにそれ。

これこそがそれ。

ことわっておきますが、そんなべらぼうに上手ってわけじゃないんです。細かい失敗は沢山あるし、音程も発声も発音もそこそこです。

でも上手な演奏ならそこら中にある。録音もいっぱいあるからそれを聞いてりゃいい。YouTubeでもApple Musicでもナクソスでもなんでも聞けばいい。

でも僕が聴きたいのはそういうことじゃない。

僕がやりたいのはそういうことじゃない。

僕はここで育ってきたんだなと、そう思いました。

本当に素晴らしい演奏でした。

最高でした。

「それでいいんだよ」って言われた気がしました。

僕は本当に出会いに恵まれています。

わかってて、信じて続けていても、認められないとやっぱりしんどい。

認められるためにやってるわけじゃなくても、それでも認められないときつい。


僕の人生の節目節目で「その道を、そのまま進め」という励ましの声があるような気がします。

多分最初は古東哲明先生の哲学の最初の授業、

「みなさんご存知のように、生きてることに意味なんかありません」

次は小林道夫先生、

「いいリハーサルをしてるね。信じて、続けなさい」

その次が多分昨日の演奏でした。昨日のは、言葉ではなかったけど。

「それでいいんだよ」

僕にはそう聞こえました。

知のバトン

知のバトン

今からしょーもないことを言います。

時間を無駄にしたくない方は読まないことをオススメします。


クレイジー・ジャーニーっていうテレビ番組、好きで録画して見ているのですが、〈遺体科学〉の回、最初はグロい話かと思ったらめっちゃ感動的な話でした。

学問というのは、知のバトンを渡すことなのだそうです。

音楽は学問じゃないけど、似た側面を持っているように思う。

ツイッターに、シタール奏者のH. Amit Royという方のボットがあって、私フォローしてるんですが、この先生も似たようなことを仰っています。

俺の弾いてる音楽、俺のもの何もない。全部先生からのもの。先生から預かって、また次の人に渡す。音楽、そういうもの。俺が!とか俺の!とか、そういうものじゃない。

https://twitter.com/amit_roy_bot/status/938639586724417536

俺の先生も、先生の先生も死んじゃった。俺ももうすぐ死んじゃう。みんな必ず死ぬね。音楽だけがずっと生きてる。

https://twitter.com/amit_roy_bot/status/940316187203792897

なんか名言好きな奴はしょーもないみたいなことを言ってる人がいたけど、僕は名言好きです笑

好き、というか、言葉で感動したり、救われたって思ったり、励まされたり、いいじゃんね。

武満徹がこんなこと言ってたなあとか、道夫先生だったらこう言うだろうなあとか。そういう連なりの中に自分も関われた気がして、やっぱりこういうことも自分のものだけにしておくのはもったいないから、あの人がこんなこと言ってたよって、バトンを渡したくなる。

あ、そうそう。バトンの話でしたね。

僕も結局、自分が言ってることのほとんど全部、先生が言ってたことだし。何か新しいことを言ったり、やろうというような気はサラサラないのです。

こう見えて。(どう見えてると思ってんだ)

教わったことをやってるだけ。

ただ一人の人から全てを学んでいるわけではないので、ある一面ではこの人から、別の面では別の人から教わったことをやる。その取捨選択が自分のオリジナリティなのかなあと思っています。

それで、何が言いたいかっていうと、バトン持ったまま死なないでねってことでした。

多分そういう人もんの凄く多いんじゃないかな。

まあある意味仕方ないと思うけど、それって凄くもったいないと思う。本人は知ったことではないだろうけど。

誰にもわからないようなことだったとしても、とりあえずなんらかの形でアウトプットすべきだと思う。

直感的にそう思う。

というか、僕が知りたいからか。

僕はバトンを受けとりたい。

握りしめたまま死なないで。せめて探せば拾えるところに置いといて、死んでほしいと思う。

こいつに話してもわかんないだろうって、諦めないで。わかんなくなたっていいからそのわかんない話僕にしてほしい。

20年後わかるかもしれないしね。

今年は忘年会の数が少なくってさみしい。

という話だったのかもしれない。

酔ってなかったらしなかったかもしれないような話、酔ってなかったら聞く耳を持たなかったかもしれない話って、あるよね。

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Salicus Kammerchor

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Ensemble Salicusレクチャーコンサート終演

Ensemble Salicusレクチャーコンサート終演

昨日、沢山のお客様に見守られ、

Ensemble Salicusレクチャーコンサート

グレゴリオ聖歌とフランドル・ポリフォニー

〜単旋律聖歌の魅力とそれに育まれた多声音楽〜

を無事終えることができました。

ご来場くださった皆様、誠にありがとうございました。

Ensemble Salicusとしてはデビューコンサートで、レクチャーコンサートそのものも初めてでしたし、グレゴリオ聖歌中心の演奏会というのも経験がなかったので、不安は山のようにありましたが、無事に終わってホッとしています。

グレゴリオ聖歌ばかり歌って寝ちゃう人多いかもなあと思っていましたが、舞台上から見た限りそうでもなさそうだったので安心しました。

終わってからのお客様との挨拶も今までになく長く、皆様のアツい応援をいただきまして、活動を続けて行く上での糧となりました。


グレゴリオ聖歌の演奏というのは、さまざまな面から本当に難しいです(まず「演奏」という言葉自体グレゴリオ聖歌には相応しいかというのが甚だ疑わしいですし)

どう演奏すべきかわかっていない(あるいは諸説ある)ネウマに関してはその演奏法そのものから考えていかなければなりませんし、それが決まったら、その演奏法を音楽的に魅力あるものにするために試行錯誤し、しかもそれをあたかも「生まれた時からずっとこう歌ってましたよ」って思わせるほど自然に当たり前にできるようにならなければいけません。

その上で、なぜそのネウマがそこにあるのか、テキストとの関わりはどうなのか、前後の旋律の流れからどういう意味を持ちうるのか、考えながらメンバーと共有していきます。

そしてこれは音楽でありながら同時に祈りであって、(音楽は祈りである、希望と言ってもいい。という武満徹の言葉そのままです)なおかつそれは自分だけの祈りでなく、聞いている人をその祈りの中に誘うものであるということ。言い換えると、歌い手の心の動き(これは歌い手自身から生じたものではない)が音の動きとなって、聞き手の心を動かすということ。更にはそれが特別なものになり過ぎず、日常の中の祈りであるということ(思うにこれなにもグレゴリオ聖歌に限った話ではありません)。そして通常唱は会衆により身近で、共に歌い祈るものであるということ。

以上のようなことをコンサートホールで、コンサートの中で演奏するということ。これもまた大変事情が複雑です。

お金を取って演奏するということ自体、本来のグレゴリオ聖歌のあり方からはかけ離れているので、ある種の制約が付きまとうのです。

そういった困難の伴う中で、課題は山積してはいますが、ひとつの目標は達成できたかなと思っております。

それは、グレゴリオ聖歌はキリスト教の典礼の中で演奏される「機能的な音楽」であるということ、そして「西洋クラシック音楽の源泉であり、西洋クラシック音楽を学ぶ上で避けては通れない規範のような存在であること」と同時に、歌そのもの、音楽そのものとしての魅力に溢れているのだということをお伝えするということです。

言い換えれば、グレゴリオ聖歌は「典礼のための道具、勉強の道具」にとどまらないそれそのものの魅力、価値があるということ。

私たちが生きていく上で欠かすことのできないナニカがそこにはあります(これも音楽について言えることで、グレゴリオ聖歌に限った話ではありませんが)。

そんなようなことを伝えたいという思いがありました。


お客様からの感想の中に、「誰がどのパートを歌っているのかまるでわからなかった」「私が聴きたかったグレゴリオ聖歌はこれです。これなんです」というものがあったことが非常に印象的でした。

沢山課題はありますが、今後も続けていきたい、沢山グレゴリオ聖歌歌いたいと思いました。

特殊ネウマについても、クィリスマ、トリゴン、アポストロファに関してはかなり説得力あると思うのですが、オリスクス関連ネウマについてはまだまだ検討の余地ありだなと思っています。

プレッススは個人的に気に入ってるんですがね、ペスクワッススやサリクスなんかは他にやりようありそうだなと思っています。

特殊ネウマについてはコチラ

今後も試行錯誤を続けながら、私たちなりの「解」を見出していきたいと思います。


今回の演奏会には、先日短編映画の中でEnsemble Salicusの音源を使ってくださった榎園さん、その映画の主演であるミュージシャンのMASAさんをご招待していました。

お二人、そして榎園さんの前作の主演であるアッキーさんを打ち上げにお誘いし、楽しく過ごさせていただきました。

以下は打ち上げの様子です。

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Salicus Kammerchorの次の活動は、

Salicus Kammerchor主催ワークショップ第5回

グレゴリオ聖歌とJ. S. バッハのモテット

〜ネウマ的にバッハを歌うために〜

日時:2018年4月14日(土)10-17時

会場:えびらホール

Salicus Kammerchor第4回定期演奏会

J. S. バッハのモテット全曲演奏シリーズ vol.4

​〜イエス、我が喜び〜​

2018年

5月20日(日)14:00開演

台東区生涯学習センター ミレニアムホール
5月23日(水)19:00開演

豊洲文化センター シビックセンターホール
を予定しております。

これからも私たちの活動にどうぞご注目ください!

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Salicus Kammerchor

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amarcord クリニック in Tokyo | 八咫烏特別賛助

amarcord クリニック in Tokyo | 八咫烏特別賛助

昨日、

軽井沢国際合唱フェスティバル 2017 サテライト講習会
amarcord クリニック in Tokyo
〜ドイツロマン派音楽の実践〜 特別賛助:男声アンサンブル八咫烏

に参加してきました。

ドイツの5人組男声アンサンブルamarcordの中心レパートリーである、ドイツロマン派のアカペラ作品を題材に1時間ほどのレッスンでしたが、私たちにとってとても収穫の多いレッスンでした。

私たち八咫烏(というかトミー)のやっていることは間違っていない。この方向でいける、ということを確信させてくれるようなレッスンだったと個人的には思いました。


こういう経験は私過去に2回ありました。

1つは広島大学に入った時、古東哲明先生の哲学の授業、初回の冒頭で先生はこう言いました。

「皆さんご存知のように、私たちが生きている意味は、ネー」

ああ、やっぱりそうだったんだ。僕は間違ってなかったんだ。そう思いました。

もう一つはカンタータクラブで演奏委員長1年目の時、小林道夫先生が練習を見に来てくださった時。

下谷教会から上野の駅に向かう道すがら、

「いいリハーサルをしているね、信じて、続けなさい」

どれだけ自分に確信があっても、これでいいんだって思っていても、他人から「それでいいんだよ」と言われることで救われます。

というかそもそも自分にそんな承認欲求があったんだということにそこで初めて気づきました。

誰にも認めてもらえなくても自分の信じたことをやる、というのが基本のスタンスなので。

誰にも認めてもらえなくてもいいけど、誰かに認めてもらいたいんですよね。


今回八咫烏はスケジュールの都合で4人での参加になりました。

事前に2回練習をして、さかんに「普通に喋るくらいのエネルギーで、軽く、自然に」ということをやりました。

そしてレッスンの最初の通しでも、ほんと、びっくりするくらい小さな声で歌いました。

それほど大きな会場ではありませんでしたが、それでも、ほんとにこれ聞こえてる?っていうような音量です。

しかし彼らからは「出だしはもっとソフトに、軽く、小さくしたほうがいい」

とか、全然そんな強くしていた自覚はなかったのに

「クライマックスのところで強くしていたのは良かったね」

などでした。

マジでビビるくらい蚊の鳴くような声で歌い始めていたのに、更にですか!

彼らの「軽く」のレベル、我々とぜんぜん違う!

結構ショックでした。でも彼らが実際に歌っている声もすんごく軽くて小さいので、やっぱりこれでいいのだと納得しました。

フォルテの箇所も、amarcordは実際に5人全員がフォルテで歌うことは基本的にはなくて、内声の3人はバランスをとってリアルなフォルテでは歌っていない、5人のブレンドした音がフォルテで聞こえればいいのだ。

ピアノも同様で、一人ひとりがピアノであるということよりも、5人の音が一つになった時に、それでもピアノに聞こえる音量、バランスで歌うことが重要だということでした。

わかっているつもりでも、声楽科で培ってきた強固な先入観がまだとけていないんだと思いました。ホールで聞こえるピアノってこのくらいっていう自分の線引があって、でもそれはソロで歌うときの線引なのであって、アンサンブルで歌う時はそれを変えなければならないのだと思います。

1人で歌うピアノと5人で歌うピアノは違う。単純に5分の1ではないにしても。

もちろん彼らのレッスンは音楽的なことがメインで他にも沢山有意義なアドヴァイスをいただきましたが、八咫烏のコンセプトに関わる部分で、それを肯定し、更にドラスティックにおしすすめていくことに励ましをいただいたようで、とても嬉しかったです。


私たちのレッスンを1時間ほどやったあと、公募の受講生たちによる混声と男声のレッスンがありました。

そこでも印象的だったのは、声を軽くしていくということで、

「軽いテノールを支えるためにはバスは声を重くしてはいけない、チェストヴォイスではなくヘッドボイスを使おう」

ということで、これも八咫烏がやろうとしていることの1つです。

やはり声楽科で学んでいると、アルトやバスは声を重く、暗くしていく傾向にあるので、ソプラノやテノールの声と分離してしまうんです。特に音域の近いアルトとテノールの分離はよく問題になって、内声のブレンドが合唱の鍵をにぎるとよく言われます。

私は2年前までバリトンだったのでよくわかるのですが、誰かがそう言ったわけじゃないのに、そういう重くて暗い声が求められている気がして、そういう声を目指さなければいけない気がして、自分の首を絞めてきました

それで、自分の声は「軽い」と思い込んでいたのですが、テノールに転向して初めて、「自分声おも!」ということに気づきました。それだけ先入観が強かったということだと思います。

それから声を明るく、軽くしていく方向で努力してきましたが、彼らの求めている「軽さ」のレベルに驚愕しました。

バスやバリトンでさえ今の私の声よりはるかに軽く、明るい。

というか、暗さ、重さの要素を全く感じない

フワーーーって高級羽毛掛け布団か!!ってくらい軽いです。

それでも、毎日、10年練習すれば絶対に出来るようになると言っていただけたので、これを励みに精進したいと思います。

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シグナス録音→下田サマーアカデミー

みなさまお久しぶりです。

先週、広島、下田を訪れていました。


広島はシグナス ヴォーカル・オクテットの2枚目のCDの録音でした。

なんと私がアルトを歌ったCDが出ます。たまげますね。テノール歌ったCDはまだありません。なぜかアルトのが出ます。

北欧の現代の作曲家の作品ばかり集めたCDです。名曲アルバムみたいな感じになります。

2泊3日で、1日目はリハーサルのみ、2日目の午後から録り始めて、3日目の午後に録り終わりました。

ハードだった。特に2日目。朝の9時から夜の9時まで歌って、そのうち2/3は録音だったので。

なんというか、その、芸の幅が広がった気がします。人間、為せば成る。成ったかどうかは定かではありませんが。


そして録音を終えた翌朝始発の新幹線で下田に向かいました。


ここが閉まってるの初めて見ました。


6時間かけて下田までたどり着きました。

下田では3泊4日で小林道夫先生のサマーアカデミーに参加しました。

午前中は公開個人レッスン、なにも仰らなくてもただただ先生のピアノを聴いているだけでビシビシ感じます。

2日目のレッスンでは、先生の弾く後奏のあまりの美しさに受講生も聴講生も号泣。レッスン続行不可になり、休憩がとられるということもありました。


午後はバッハのカンタータとモーツァルトの器楽曲のリハーサル。

器楽曲のリハ中は基本的に合唱分奏をしていたので、きちんと聴いたのはゲネプロだけでしたが、もう先生のピアノが、全くピアノの音とは信じられない、というかもはや音なのかということさえ信じられないことになっていて、「これが音楽だ」と思いました。


カンタータは36番と80番、どちらも(特にテノールにとっては)大変難易度の高い冒頭合唱を持った作品で、この作品を松原友さんという素晴らしい先輩と共に演奏できたというのは自分にとって大変な財産になりました。

軽くて柔らかくて豊かで伸びやか。本当に素晴らしいです。

サマーアカデミーはここ数年自分がOB役員になったということもあって毎年参加させていただいていますが、弛んだ気持ちに喝を入れてもられる得難い機会になっています。(滝行のような)


音楽に対して真摯であるということは、自分にも他人にも厳しくならざるを得ないのだと思います。

音楽に近づこうとすることは、太陽に近づこうとするようなもので、直視もできなければ、触ったら死にます。

凄く、怖いことなんです。

でも、そこがどうなってるか知りたいんです。

あるいは垂直に海に潜っていくようなもので、重力に任せて沈んでいったが最後、もう戻ってこれないんです。その上潜れば潜るほど暗いんです。

浅瀬でパチャパチャやってる方が楽だし楽しいんです。

でも潜らずにはいられないんです。

素潜りの競技やってる人、凄く共感できます。

そこに何かあるのは確かだけど、何があるのか誰も知らないんです。ロマンありますよね。


そんなわけで先週はアルト、テノールと歌いまして、今からバリトン歌いに八咫烏のリハに行ってきます。

8/30にドイツのヴォーカルグループamarcordのアンサンブルクリニックのモデル団体として参加するため、そのリハーサルです。

昨年シグナスで呼んでいただいた軽井沢国際合唱フェスティバルの一環のようです。

https://www.facebook.com/events/1435865923158653??ti=ia

八咫烏とはいえその日参加できるのは4人、メンバーの都合で私がバリトンを歌うことになりました。

まあしかし、大いなる音楽の前では、私がどのパート歌うかなんてことは、ほんとに些細なこと。

そう思うことにします。

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Salicus Kammerchor

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公演情報更新しました!

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