謹賀新年

謹賀新年

皆様あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

年末お騒がせいたしましたSalicus Kammerchorの定期会員募集は最終的に80名の方にお申し込みいただきました。

目標の100名様には届きませんでしたが、会員とは別にご寄付を頂いたこともあり、2024年もSalicus Kammerchorは活動できそうです。

皆様本当にいつも応援ありがとうございます。

年末年始私は広島に帰り、蟹を吹いたり、

https://twitter.com/g_sakurai1031/status/1741769978553176329/
蟹笛をラッキーくんに聴かせたり、
ラッキーくんに重がられたりしました。
あ、あと熊手の柄と生竹を切って笛を作りました。
この絨毯去年カニササレさんとの演奏会で使うためにザクロで買ったのですが、2000円でした。激安。皆様日暮里のザクロ絶対行ったほうがいいですよ。価格が崩壊してます。

あらゆるものはこの上に置くと素敵に見えるな。蟹笛でさえも。


マタイ受難曲ヘクサコルド付き楽譜

もちろん私もただ遊んでいたわけではなく、やろうやろうと思っていて滞っていたことを少し進めたりなんかしておりました。

一つはJ. S. バッハのマタイ受難曲の各パートにヘクサコルドを振っていくという気が遠くなりそうなほど壮大なプロジェクトです。

これは私が関わらせていただいているJ. S. バッハカンタータアンサンブルという団体でマタイをやるからというのが主な動機なのですが、何しろ最近ヘクサコルドを抜きにして合唱指導をするというのが甚だ困難になっておりまして、それで少しでも皆様とヘクサコルドを共有したいという思いで始めました。

今第1曲の通奏低音と、歌バスと、ソプラノだけアップしております。

https://genkisakurai.base.shop/categories/5649882


教本「旋法とヘクサコルド」PDF版

上記のウェブショップで教本のデータ販売も開始しました。

お値段据え置きですみません。紙の方の在庫も早くさばきたいので、同じ値段にしてあります。(できれば紙の方を買っていただきたい・・・。)

https://genkisakurai.base.shop/items/81617618


BUGAKUスピンオフ第5弾

光岡英稔先生による「声と身体」についての講座の第5弾、一般受付を開始しました。

光岡武学は、私の古楽に対する考え方のベースにもなっています。その地その時のその人達の身体に近づくというのが古楽の入り口である、ということでしょうか、簡単に言うと。現代人の身体のままで古楽はできないという考えです。

ヘクサコルドの講座の中にも随所にこの考えを取り入れた稽古方法を紹介しています。

毎回強烈な気づきへのきっかけが提示されます。

もちろんそれをもとに稽古するのは自分なので、この講習会に出ただけで何かが身についたとは思わないほうがいいのですが、稽古したくなります。いろいろ試してみたくなる。

自分も指導にあたる身として、そうありたいと思います。指導を受けた人が自らすすんで稽古に向かうような、そんな指導がしたいものです。

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSeKlUKhJthwTRA8uKa6YaPmi00OLYuHbB62T2o0steqfEMMYQ/viewform

今回お申し込みはこちらのフォームからお願い致します↑

定員まで残り少なくなっておりますので、お申し込みはお早めに。


旋法のchalan

チャランというのはインド音楽の用語で、あるラーガにおける典型的な音の運び方を短い旋律句にまとめたものです。これを覚えてひたすら繰り返すことによって、そのラーガのムードを掴み、音の通り道を整えていきます。インド音楽的にはそのラーガで即興ができなければならないので、そのための「型」といえるものだと思います。

これを、産業革命以前の西洋音楽における各「旋法」で作りたい。

「覚える」「即興する」というのが楽譜に慣れた我々にとってはなかなか困難になっていると思いますが、階名はもともとこの二つのことも目的としてデザインされているので、それでできた音楽を本当に理解するためにはこれが不可欠だと思うんですよね。

なので、ひとつスモールステップとして、誰しも旋法のchalanくらいは即興で作れる、というところをまず目指したい。

ということでこの年末年始で少し手をつけ始めました。

i tabla proのアプリをお持ちの方は、タンプーラはPaでタブラはbpm=52くらいでTeentaalでやってみてください。最初から覚えるつもりで。1拍に音1つ、できたら2倍、できたら4倍、できたら8倍、までやろうと思うと完全に口が覚えないとできません。

それでそこまでやると相当いいかげんになってると思うので今度は4拍に音1つくらいにしてひとつひとつの音の質を上げるようにしてみてください。

この旋律ひとつ覚えていれば、いつでもどこでも稽古ができます。トイレでも、大江戸線(日本で一番うるさい地下鉄なので多分可能)でも、自転車乗りながら。


旋法とヘクサコルドWS第4回

日程調整が終了しまして決まりました。

毎回この調整作業が本当に大変で、毎回人数は減っていってるのに講座の回数は全く減らないというまずい事態になっています。

特にアドヴァンスの方は14人しかいないのに5回にわけて行うことになっているので、各回2−3人という状況です。

はっきり言って赤字です。まあ赤字でも構わないといえば構わないのですけど、辛いは辛いです。

文化を根付かせていくという意味で、指導的立場にある人達の役割は非常に大きいので、アドヴァンスの方の受講者を増やす努力をもっとしていかないとと考えています。

私一人では限界があるので、指導者を育てていきたい。

またベーシックコースの方にお願いしているのは、ヘクサコルドのセンスを持ってプロの演奏を聴いてほしいということで、これも文化を根付かせるという意味では必須です。いい加減な演奏は淘汰されなければならない。プロはそのつもりで稽古しないといけない。

もちろん人数が少ないからといって講座をやめることはないです。

少なくともヘクサコルドが古楽界で基礎の基礎として、私が教えるまでもないという状況になるまでは。

しかしまあ私が死ぬまではそういうことにはならないでしょうから、多分一生ヘクサコルドを教え続けると思います。

皆様ぜひこの活動をご支援ください。

第4回の日程は下記です。

【ベーシックコース】
対象:一般の方対象(楽譜が読める必要はありません)
①1/29(月)18:30-21:30
②2/8(木)18:30-21:30
③2/13(火)18:30-21:30
④2/17(土)10-13時
⑤2/17(土)14-17時
⑥2/17(土)18:30-21:30

【アドヴァンスコース】
対象:音楽家、音大卒、音大生
⑦1/22(月)10-13時
⑧1/23(火)18-21時
⑨2/2(金)14時-17時
⑩2/4(日)18:30-21:30
⑪2/6(火)14時-17時

お申し込みはこちらから↓

https://forms.gle/qjdhpXnxzXu1vFgx8


「旋法とヘクサコルド」ガチンコ稽古会

京都の講座は上記のようなタイトルになっております笑

世話人をお願いしている有田さんが非常に面白い感じで告知して下っています。

また、有田さんによるヘクサコルドWS体験記が非常に詳細でよくまとめてくださっているので、こちらまだご覧になっていない方はぜひご覧ください↓

京都の方は1日で2コマ、6時間やっておりますので、東京の講座より速く進んでおります。

次回はいよいよムタツィオ(ヘクサコルドの乗り換え)に入りまして、第3旋法と第5旋法に取り組む予定です。

お近くの方はぜひこちらにお申し込みください↓


そういえば初夢でもヘクサコルドの指導をしていました。

そしていつものように時間切れであわあわしてました。

やりたいことは山程はあるけれど、自分の身ひとつで出来ることは限られているので、今やるべきことを焦らずにひとつひとつやっていく、そんな1年になるかなと思います。

急いては事を仕損じる。

どうぞ気長にお付き合いいただければと思います。

旋法とムタツィオに親しむ音階練習

ある日のこと櫻井さんはタートを順番に上下する練習をしておりました。

白が長音階、オレンジが半音下げ、緑が半音上げ

「ええやん。楽しいやん。むずいやん。この練習ええやん。めっちゃええやん。」

と思った櫻井さんはこれをヘクサコルドでできないか考えました。

各旋法で考えられるムタツィオを含む上行下行スケールを作ったところ、

●旋法の特徴を捉えることができる
●ムタツィオの練習にもなる
●楽しい

練習方法ができましたとさ。 めでたしめでたし。


ちなみにアプリはこちらを使っております↓

https://apps.apple.com/jp/app/itablapro/id337350026

すべての能力を開放するには4,000円かかりますが、タンプーラだけだと1,800円くらい?のようです。

https://apps.apple.com/us/app/itanpura/id326115058

タンプーラだけでも楽しいけど、タブラがあるとさらに楽しいです。

ちなみにポリフォニーとの相性も大変良いです。

自己紹介します

自己紹介します

最近このブログの記事のラインナップを見ても、お前は一体何者だ、結局何がしたいのだと自分でも思いましたので、改めて自己紹介しようと思います。

これが私、櫻井元希です。

この写真いいですよね。昨年のemulsionのコンサートの時に平舘平さんに撮っていただきました。

これだけだとなんだかやばい人だと誤解されそうなので、自意識過剰に自分が写ってる写真を集めてまとめてみました。↓


本業

私の本業は歌手、指揮者です。専門はバロック以前のキリスト教声楽作品です。

その中でも特にフォーカスしているのは、グレゴリオ聖歌、フランドル・ポリフォニー、J. S. バッハです。


歌う方

Ensemble SalicusemulsionEnsemble XENOSThe Cygnus Vocal Octetヴォーカル・アンサンブル カペラ古楽アンサンブル コントラポントなどで歌っています。

大体古楽と呼ばれる1750年以前のクラシック音楽が多いですが、emulsionやThe Cygnus Vocal Octetではもっと新しいものや、バーバーショップなどポップスに近いものなんかも歌っています。

声種はなんなんですかと聞かれることも多いのですが、最近あんまり気にしてません。歌わせてもらえるんであればどこでも歌いますよというスタンスです。

アルトからバスまでならどこでも、という感じですが、シグナスではちょろっとソプラノを歌うことになったこともありました。ホイッスル練習してソプラノも歌えるようになりたいなという希望もあります。

そういうことも滅多に無いのですが、どうしても書類に声種を書かなきゃいけないとかいうときは、間を取ってテノールと書いてます。

最近「声楽家」ではなく「歌手」を名乗っているのは、私の中の声楽家のイメージと、私のやっていることがあまりにも乖離してきたので、「歌手」としています。


指揮の方

指揮は主催しているプロの室内合唱団Salicus Kammerchor、アマチュア合唱団Chor Eleusisと、バッハ・カンタータ・アンサンブルで振っています。

指揮をするようになったのは芸大のバッハ・カンタータ・クラブがきっかけで、モテットやカンタータやミサなんかをやりまして、そこを引退する時に、振るとこなくなっちゃうなあと思って、2015年にSalicus Kammerchorを作りました。

サリクスではまずJ. S. バッハのモテット全曲演奏、全曲録音に取り組み、2019年にモテット全曲録音CDをリリースしました。

現在はJ. S. バッハから時代をさかのぼり、ハインリヒ・シュッツの作品をメインで取り上げるシリーズを進行中です。5月に第7回定期演奏会を行います。

秋にはJ. S. バッハのカンタータを演奏します。直近ではこのシュッツのシリーズとカンタータのシリーズの二本立てとなっております。

Chor Eleusisは2019年に立ち上げたアマチュア合唱団で、サリクス同様グレゴリオ聖歌からJ. S. バッハまでのキリスト教声楽作品をレパートリーとしています。

立ち上げ早々コロナ禍に突入してしまいまして、まだ演奏会が出来ていないのですが、毎週地道に地力向上を目指して練習しています。

バッハ・カンタータ・アンサンブルは師匠花井哲郎がやっている団体で、器楽も合唱もアマチュアでJ. S. バッハのカンタータ全曲演奏を目指している骨の太い団体です。

数年前から花井先生と交互で本番の指揮を振っています。


本業以外(に一見見える方)

ここまでのところはまあ音楽家としてそこそこ普通かなと思う部分なのですが、ここから一見本業とは関係なさそうな活動のお話です。


武術

このブログでもしょっちゅう更新しておりますが、光岡英稔先生のもと武術を稽古しております。

光岡先生は韓氏意拳という中国武術の日本の代表であると同時に、世界の様々な武術を修めて、講座で教えてくださっています。

ほぼ毎回このブログでレポートしているので、詳しくはそちらをご覧いただくとして、なぜ私が武術をやっているのかというところをお話したいと思います。

きっかけは、学部卒業くらいのときに、徳久ウィリアムさんのボイトレを受けに行ったということです。

おそらく7−8年前くらいの話ですが、この時すでに徳久さんは武術からインスピレーションを受けたボイトレをやっていました。

我々が普通にボイトレと言って想像するのは、現状の声を聞いて、それに対してそれをどういう風に変えたいかというところからアプローチするというのが基本かなと思います。

徳久さんのボイトレは、「状態が行為を生む」という発想の元、出ている声をどうこうするのではなく、望んだ声を出すための「状態」の方に着目します、そして声そのものではなく、「状態」にアプローチします。

(あくまで私が徳久さんのボイトレを受けた上での印象なので、気になる方はぜひ徳久さんのボイトレを受けてみてください。)

それでまあ声という現象ばかりを追っていた私にとっては目から鱗でございまして、そのおかげで今の私がいると言っても過言ではありません。

そしてその徳久さんの武術のお師匠が光岡先生ということで、光岡先生の講座に通うようになったというわけです。

ここで学んだことは、歌や指揮のみならず、生きて在るということに関して私の指針となっています。人間とはなにものか、身体とはなにか、自然とはなにか、生きるか死ぬかというあまりに身も蓋もない状況下で生まれた「武術」は、こういった最も根源的な問いに対する示唆をシンプルに、ストレートに与えてくれます。


特殊発声・ノイズボイス

ここでお話するのは、上記の徳久さんにまつわる活動です。

特殊発声というのは、何に対して特殊かというのがめちゃくちゃ曖昧な定義ですが、コエダイr合唱団の活動を想像していただくと大体こういうもんかとわかっていただけるかと思います。

これはイタリアサルデーニャ島のテノーレスという芸能ですが、こんな感じの曲をレパートリーとしています。

他にブルガリアン・ヴォイス、ジョージアの男声合唱、オルティンドー、ホーメイ、ヨーデルなどをやっています。

これをまあなんでやってるかということなのですが、まず第一にこういうのが好きだからです。

特にホーメイやテノーレスは昔から憧れがめちゃくちゃあって、日本でまさかテノーレスを歌える機会があるなんて10年前は想像だにしませんでした。ドリームズ・カム・トゥルーですね。

それでやってみて感じたり、わかってきたのは、こういった特殊と呼ばれる発声方法は、ボイトレ的に普通の声を出すにあたっても良い効果がめっちゃある、ということです。

普通の発想だと、こんな変な声出したら喉を傷めそうとか、声出なくなりそう、とか思いそうですが、真逆です。

ますます健康になりますし、ますます声は出るようになります。

いろんな声出すのが良いことだというのは最近ボイトレ業界でも言われるようになっています。私の経験だけを根拠にしているわけではないです。

ヨーデル、カルグラ、喉詰め、オルティンドー≒ベルティングは私のボイトレのレッスンでは普通にツールとして使います。

そしてノイズボイス。これは徳久さんのオハコです。

去年の灰野敬二さんとのDUOを聴きに行ったのですが、衝撃的に良かったです。

こういう声(?)を使った企画でノイズボイスカラオケというのに参加しているのですが、ほんとデトックスです。私たちには叫びが足りなかったんだなあと思います。

そしてもちろん喉には良いです。翌日めっちゃ調子いい。出来なかったことが急にできるようになったりします。

呼気にしても吸気にしても、やっぱりノイズボイスが一番気圧がアガります。


ビートボックス

ビートボックスもまず単純に超ハマってます。ただただ好きです。

クラシックの演奏家の中で多分一番ハマってると思います。

ビートボックスについて書いた記事はコチラ

お読みいただければいかに私がビートボックスを愛しているかをわかっていただけると思います。

それでビートボックスの文化って面白くて、オリジナルの技とか自分で作ったらすぐチュートリアル動画出すんですよね。新しいものがすぐオープンソースになる。素敵ですよね。

そういうのを観て私もやってみよーとか思うんですけど、これがね、おっどろくほど何もできない。私かなりいろんな声出してるし、そこそこ発声に関わる筋肉も鍛えてる方だと思うのですが、マジで手も足も出ない。それどころか何を言っているのかさえわからない。

https://youtu.be/9yEKHmCgovY

こういうのです。マジで意味がわからん。

ただこういうの観ていくと思うのは、見えるところでも舌の筋肉の盛り上がり方とか異常だというところとか、見えないところではきっと想像もできないことが彼らの体内で起こっているということ。

人間のポテンシャルに関する見方が変わりましたね。

マジで無限大過ぎる。

自分の想像力なんてハナクソみたいなもんですね。

でまあ出来ないなりにビートボックスを練習していくと、まあ出来ないなりに上達はしていって、それに伴って声を支える筋肉もついていってる感じがするんです。

この後紹介する岩崎ひろきさんもビートボックスをボイトレに取り入れているのですが、発声に必要な筋肉を鍛えるのに結構ビートボックスは最適かもしれません。

普通に声を出しているだけでは決してかからない負荷をかけることができる。


将棋

将棋もただただ好きなだけです。趣味です。

けど将棋と音楽の共通点は多いと加藤一二三先生も仰っておりますし、もの凄くコアのコアのところではそのとおりだなと思います。

まっさらではない盤面に二人でせめぎ合いながらいっきょくの世界をアンサンブルして、同じ戦型を何千回指しても全く同じ将棋は一回もない。

特にフランドル・ポリフォニーの世界観に似てると思います。宇宙の真理を探求してる感じですよね。

また、AIについての加藤一二三先生の言葉を引用しましょう。

車は人間が追いつけない速さで走る。しかし、車が登場したからといって陸上競技の百メートル走が廃れることはなかった。百メートル走は、今なお観客を魅了し続けている。

音楽もそうですよね、初音ミクのように正確に歌える人間はいないけど、それはそれ。初音ミクは初音ミクだし、人間は人間。


ボイトレ

私は現在3人のボイストレーナーに習っています。小久保よしあきさん、岩崎ひろきさん、mahoneさんの3人です。

それぞれの先生にそれぞれ違うことを学んでいます。

ポップス系

小久保先生はマイケル・ジャクソンも受けていたメソッドとして有名なSLSバックグラウンドのボイストレーナーで、ポップス系の発声をメインで教えています。

いわゆるミックスボイスというやつを教えてもらっていますが、最近はコーチング的なアプローチが多く、自分が一体どういう声を求めていて、それには何が必要なのかということのディティールを詰めていくのにとても役立っています。

芸大を出てから最初についたボイストレーナーで、私の声を脱芸大化するのにとても力になってくださいました。

一度どっぷりと浸かってしまった価値観の枠の中から出ていくというのはかなり難しいことです。

私もいまだに昔の悪癖に苦しめられることがあります。

なぜひとつの価値観の中から飛び出していくことが私に必要だったのかについては、最後に書こうと思います。


ベルティング

ビートボックスの項にも登場した岩崎ひろきさんには、主にベルティングを教わっています。

ベルティングはゴスペルやなんかでソウルフルに高音を出すために使うテクニックで、結構ミックスとは真逆のテクニックと言えると思います。

岩崎さんにはSalicus Kammerchorのメルマガ、サリクス通信でも記事を書いていただきましたが、舌骨をキーとして全身へと繋がる筋肉の張力に注目したテンセグリティ的な発想によるボイストレーニングをやってらっしゃいます。

クラシックではベルティングは使わないと今は言われておりますが、私はそんなことはないんじゃないかと思っています。

広義でのベルティングは普通に使われていると思いますし、狭義でのベルティングもかつて使われていた可能性は非常に高いと思います。

ミックス的な高音の出し方と、ベルティング的な高音の出し方と、どちらが「自然」かと考えると、ベルティング的な出し方の方がより原始的で、時代が下れば下るほど普通であった可能性が高いと思うんですよね。

あと、使わなかったとしても、当然ボイトレのツールとしてベルティングはめちゃくちゃ有用です。

合唱団の練習でほぼ毎回やってます笑


スクリーム

デスボイスといった方がイメージはしやすいかもしれませんが、より広義にスクリームとしました。

もともとデスメタル、ブラックメタル、グラインドコアあたりをよく聴いていて(といってもCarcassとGorgorothとCephalic Carnageくらいですが)、これも私の人生と分かちがたく好き♡なんですよね。

メタル関連の記事はコチラ

それでずっと自己流でデスボはやってたんですけど、去年からちゃんとレッスン受けるようになりました。

mahoneさんは教えるのも上手いし、物理の理解も桁違いだしその上デタラメにバカテクです。

この動画一発でバカテク具合がわかります。

日本最高難度と言いながら、その難易度をむしろ上げにいってますよね。異常者(褒め言葉)。

スクリームとホイッスルとガナリを習ってて、最近ガナリをメインで教わっているのですが、ガナリというとこういう感じです。

あートム・ウェイツ好き、あーー好き、好き。

一応音程がある歌唱をクリーントーンと呼ぶのなら、その中で一番好きかも、二番目はウラジーミル・オイドゥパーかなあ、次はSentencedのヴィレ・レイヒアラ。

あ、全員仮声帯発声だ。でも音程があるというだけを定義とするならイゴール・コシュケンディとかも入ってくるか。

レッスンを続けて受けていて思うのは、ビートボックスともホーメイともめちゃくちゃつながってくるというところで、それはつまるところ普通のボイトレにも役になっているということです。

また、スクリームのレッスンが一番ギリギリのところを攻めてる感じがします。

これまでの自分の経験から、身体が完全に拒否反応を起こして、「立入禁止」って看板立ててるところをおらーって突っ込んでくんですよね。でそこ行ってみると意外となんともなくて、翌日筋肉痛になっているという、つまり未だ鍛えたことのない筋肉を鍛えることができたということなんですよねえ。

これも、それまでの自分の常識みたいなもんをぶち壊して、その先に可能性が見出だせた例でありまして、得難い経験でございました。


インド音楽

昨年からバーンスリー奏者の寺原太郎さんに個人レッスンしていただいて、インド古典音楽を学んでいます。

これにははっきりした目的がありまして、グレゴリオ聖歌の歌いまわしを探るためです。

グレゴリオ聖歌の歌唱法って、一応10世紀頃に記された古ネウマによって伝えられてはいるのですが、ネウマによる歌唱の伝統が途絶えてしまって、ネウマが意味するところが一部はっきりしないところがあるのです。

特に特殊ネウマと呼ばれる一群のネウマは何らかの特殊な唱法が用いられたということぐらいしかわかってなくて、私たちはその歌い方を想像して再現するしかないんですね。

でなんで古ネウマによる歌唱の伝統が途絶えてしまったのかというと、古ネウマでの記譜の習慣がなくなって、音程と一部古ネウマの名残を残した記譜法に変化してしまったからで、それはやはりポリフォニーの発達も大きく影響していると思います。

西洋音楽は横方向ではなく縦方向に進化した、そう言えると思います。つまり声部が増えていったことで、一つ一つの声部の旋律に対する繊細な感覚は失われていったと。

その点インド音楽は横方向のまま進化したと言えると思います。とにかく一つの旋律に対する感覚というのが、我々からすると異常に繊細で、聞き取ることもできないほんの僅かな変化によってもの凄く多様なラーガの世界を形作っているんです。

だからきっとそこには同じ単旋律の歌であるグレゴリオ聖歌を歌うためのヒントがあると思ったんですね。

まだまだ研究の途上ですが、少なくとも私の中で、グレゴリオ聖歌を歌う時の旋律に対する感度といいますか、繊細さは飛躍的に増しました。

インド音楽の気の遠くなるような世界観についてはこちらの動画をちょっと観ただけでもおわかりいただけるのではないかと思います。


結局何がしたいんだい

というわけで「本業以外(に一見見える方)」という項目がやたら長くなってしまいましたが、私の活動、一見とっちらかってますよね。

しかしまあほとんど本業に直結しているというか、極論言うと人生に無駄はないので、全部つながっているといえばいるのですが、これがほんとに思ったよりつながってるんですね。

というのも私の本業、いわゆる「古楽」の中の特に声楽というジャンルはなかなか曲者でありまして、もちろん録音が残っているわけでもなく、楽器が残っているわけでもないので、実際にどういう声で歌っていたかわからないんです。

インド音楽のところでも書きましたが、グレゴリオ聖歌の場合、古ネウマという歌いまわしを示した記号は残っておりまして、どういう歌いまわしをしていたかは(一部除いて)だいたいわかります。

また歌の教則本のようなものも残っておりまして、例えばヤギが鳴くような声で歌っちゃだめだよーとかこういうときはこういう装飾をつけるんだよーとかそういうことは残っているのですが、やはりテキストで音色を表現するのは難しいということと、書くまでもないことは書かないというところから、実際にどういう音色で歌っていたかわからないんですよね。

ヤギの鳴くような声で歌っちゃだめってそれわざわざ書かなきゃならなきゃいけないようなことかと思うんですけど、そういう声で歌う人がいたからそういうことを書くわけですよね。

そんなわけで、多分今巷でやられてるような、いわゆるオペラ発声のマイナーチェンジでしかない「古楽発声」みたいな声ではなかったと思うんです。

時代を遡れば遡るほど。

また、そもそもわりと新しい作品であっても、今やられてるような発声が本当にふさわしいかどうかというのは甚だ疑問がありまして、特に、わりとみんな「歌詞に即した表現をしましょう」というようなことを言うのですが、その割にみんなずーっとおんなじような音色で歌うんですよね。

「え〜〜〜そんな生々しいエゲツない歌詞歌ってるのにそんなよそよそしい声で歌うの〜〜?」ってよく思うのですよねえ。

音色のバリエーションが極端に少ないというのは、今のクラシックの歌の最も大きな特徴ではないでしょうか。

私は歌を歌う時に、その歌にほんとうにぴったりな声で歌いたいと思うわけです。

気剣体の一致とか剣術では言いますけれど、気声体が一致した歌が歌いたいんです。

特殊発声も、ノイズボイスも、ビートボックスも、ベルティングも、スクリームも、人間の声の可能性のひとつなんです。

これは武術で学んだことですが、「型」というのは身体観の変容を経験することだと。

そして型によって経験した身体観の変容を、型によらずして起こすことが観法だと。

いろんな声を出すということは、型の稽古をしているようなもので、「身体観の変容の経験」を目的としていて、「意」が起きたその瞬間に「意識」のラグを挟まないでその声が「出ている」ということを目指しています。

韓氏意拳では一形一意(意と形の一致)という言葉がありますが、歌の場合「一声一意」です。

そのための型稽古としてのボイストレーニングという感じですね。

特殊発声、ノイズボイス、ビートボックス、スクリームといったあたりは、ただただ好きでやってたらいつの間にかつながってたんですよね、偶然。笑

自分から足を突っ込んでいったのはポップス系の発声、ベルティング、インド音楽あたりです。

これは必要だなと思ったから突撃しました。

武術はこれらで身につけたテクニックをテクニックで終わらせないための土台といいますか、それらと体、心、気を一致させていくために私にとって絶対必要なことです。

あー、将棋だけただの趣味のようですが、うん、いや別にただの趣味でもいいんですけど、ただの趣味と言うには憚られる奥深さ、コアのコアでのつながりを感じます。宇宙とはなんぞや、人間とはなんぞや、ということを追求してますよね。プロ中のプロの将棋の話ですけどね。


いやはや長くなってしましました。

興味ある方はレッスンやってますので私のところに来ていただいてもいいし、私はそれぞれの専門家では全然ないので、それぞれの専門家のところへ行ってください。

武術:光岡英稔先生の講座 BUGAKU 韓氏意拳

特殊発声・ノイズボイス:徳久ウィリアムさんhttps://note.com/voiz

ポップス系発声:小久保よしあき先生http://kokubovoicetraining.com/

ベルティング:岩崎ひろきさんhttp://gospelvoicelab.com/

スクリーム:Mahoneさんhttps://mahone.jp/

インド音楽:寺原太郎さんhttps://srgmtaro.jimdofree.com/class/


所属団体のリンクもここに貼っておきます。

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インド音楽の深海から素潜りで特殊ネウマの鍵を拾ってくる話

ついに開いてしまいました。この扉を(喩えを統一しろ)

いろいろ前提からお話しなければなりませんが、寺原太郎さんにインド音楽を教わることになりました。

なぜ西洋クラシック(古楽)の音楽家である私がインド音楽を学ぶことになったのか。

お話したいと思います。


これだから特殊ネウマってやつあ

グレゴリオ聖歌の歌いまわしを書き留めたものを古ネウマ(譜線なしネウマ)といいますが、この古ネウマ、10世紀頃から書かれていたのですが、13世紀頃にはすっかり使われなくなってしまいます。

ネウマについてはサリクスのブログにも書いてます。コチラからどうぞ。

あるいはサリクスのメルマガのアーカイブから更に詳しい渡辺研一郎による記事をご覧いただくこともできます。

音の高低や長短をはっきりとは示せないけど、歌いまわしについてはかなり微細に書き留めることのできるネウマ、これはめちゃめちゃ歌の参考になります。

一刻も早く音大の必修科目にすべきだと思います。

しかしですね、一回廃れてしまった記譜法なので、一部何を表してるのかよくわかっていないものもあります。

それが特殊ネウマです。

特殊ネウマについても詳しく知りたい方はコチラをどうぞ。

何らかの特殊な歌いまわしを示すということだけは確かなようですが、具体的にどういう歌い方を指しているのかよくわからない。

私たちは一応、こうしましょうという取り決めをしてやっているのですが、ほんとに1000年前の人がそういう歌い方をしていたのかはわかりません。


単旋律に全振りのインド音楽

ヨーロッパの音楽は、グレゴリオ聖歌を源泉として発達した的なことを言われると思いますが、まあまあそのとおりで、おそらく多声音楽がこれだけ隆盛を極めたのはグレゴリオ聖歌のせいだと考えられます。

グレゴリオ聖歌というのは(一応建前上)神様が聖霊を遣わして教皇グレゴリウス一世に伝えたそれはそれは神聖な音楽なので、指一本触れてはならぬ。勝手に装飾を加えたり、旋律を変えたりしてはいかんということになっているんです。(一応、建前上)

なので人々の創作意欲のはけ口として「グレゴリオ聖歌に新たな旋律を加える」という方法が生まれ、多声音楽へと発展していった。と一節には言われております。

いずれにせよ西洋音楽は縦方向に複雑化するという選択をとったことになります。

その結果どうなったか、横方向、つまり旋律は単純化していった。

徐々に単純化していったとかそんな簡単な話ではないんですが、少なくとも、特殊ネウマの歌いまわし、またリクエッシェンス(子音をどう発音するかという指示したもの)が、少なくとも楽譜に書かれることはなくなりました。(実践はともかく※ここ重要)

つまりすごく単純な言い方をすると、西洋音楽は「縦方向に進化して、横方向に退化した」

では横方向にフォーカスした音楽ってないのかっていうと、それがインド音楽だと思うんです。

インド音楽の凄さはですね。これもやはりサリクスのメルマガのアーカイブを是非見ていただきたいです。

寺原太郎さんに執筆をお願いした回の、限定公開の動画がめちゃめちゃすごいです。目が回って星が飛びます。

それかとりあえずこれを見るだけでもわかります。

https://youtu.be/AIPraIlSmIk

これまで2回寺原さんのワークショップを受講しましたが、もうそれはそれは顎が地中深く埋まるくらい衝撃を受けました。

ということできっとこの深い深いラーガの海には特殊ネウマの歌いまわしを探る上での鍵があるに違いないと思っていました。

ただ、あまりにもラーガの世界が広大すぎて、どういう勉強の仕方をしたらそこに近づけるのかわからないでいました。


ひょっとしたら落ちているかもしれないものを拾うための方法

最近ようやくひらめいたんですね。星の数ほどあるラーガの中には、グレゴリオ聖歌の旋法に似たようなラーガがあるんじゃないか。

つまりめくらめっぽうにラーガを一個ずつ勉強するんじゃなくて、寺原さんにグレゴリオ聖歌を聴いてもらって「これに近いラーガ教えて下さい!」って言えばいいんじゃなかろうかと。

いやもちろん突拍子もない話といえばそうだし、考えようによってはめっちゃ失礼なんじゃないかとも思いますが、これならもしかしたら効率よく鍵に近づけるかもしれないと。

そう考えたわけです。

寺原さんとは路上でパスタを一緒に食べたこともあったのできっとわかってくれるだろう、わかってくれるかな??ドキドキしながら連絡を取りました。

寺原さんからの返事は意外なものでした。

「レッスンというか、共同研究にしませんか?」

いやーありがたいけどまだそういう段階に達してもいない話な気もするしーとむにゃむにゃと考えながら、今日zoomでミーティングさせていただきました。

グレゴリオ聖歌、ネウマ、そして旋法のことを私が説明し、音域や、音階(タート)や、主要音や、旋律定型などラーガとの共通項をあぶり出していきました。

インド音楽にもこう少しは楽譜っぽいというか、そういう記号的なものがあったらいいなあという淡い期待があったのですが、そういうものはないそうです笑

サレガマでかかれたメモや、それについての説明書きみたいなものは言葉では残っているけれど、記号のようなものはない。

そもそも伝承の方法として、ちょっと前までメモや録音も禁止するような感じだったそうです。

ただただ音楽をシャワーのように浴びて、繰り返し繰り返し練習する。

うーむ想定はしていたがなかなかの徹底ぶりだ。

というわけでそういう方向はすっぱり諦めて、当初の方法に立ち返ることに。

私がグレゴリオ聖歌を歌ってみて、似たようなラーガがないか聴いていただく。

いくつかの旋律定型や、曲を聴いて頂いたところ、今エレウシスでもやっている入祭唱Judica me DeusがBhairaviに近いとのこと。

というわけで次回から私はラーガBhairaviを学ぶことになりました!

バンザイ!一歩進んだ!


今後の展望

ここから先はまずこのラーガを勉強してからじゃないとわかりませんが、音の運び方やゆらぎや装飾的な動きを学んでいくことで、それをグレゴリオ聖歌に活かしていくことができるかもしれません。

Judica me DeusをBhairavi風に歌うというのもやってみたいな。今思いついたけど。

あとは一応なんとなく旋法にもそれぞれ情緒というか、キャラクターがあって、さらに、聖務日課では歌われる時間が決められている。

そういう点がラーガにも共通するので、例えば朝のラーガと朝課で歌われるグレゴリオ聖歌の特徴を比べてみたりとかも面白そうだなあと思っております。