コエダイr合唱団WS&演奏会

コエダイr合唱団WS&演奏会

1月に予定していた公演の延期公演です。

緊急事態宣言が発出されたのを機に延期した本公演ですが、緊急事態宣言が延長されても今回はやります。

時間も早めですしね。

今回はWSと演奏会の二本立て!大変そう〜笑

1時間半で何かしら特殊発声ができるようになって、夕方からの公演では一声出せるかも??

演奏会ではいつものように、

トゥバのホーメイ

サルデーニャのテノーレス

モンゴルのオルティンドー

ビザンチン聖歌

ヨーロピアン倍音唱法

日本民謡

ブルガリアン・ヴォイス

ジョージアの男声合唱

ヨーデル

をやります。

その上ソロコーナーもあって、私はグレゴリオ聖歌を3種類の声で歌います。

わたしにとっては実はこれが一番チャレンジングかもしれない。

限定15名様なのでお申込みはお早めに!

お申し込みはこちら↓

https://www.reservestock.jp/events/523024?fbclid=IwAR3dDIV4U9YzfP15CWG9YloqnWPh_35HZ00bCYuAMYS9kzf56l1cU-TVPHo


Ensemble XENOS音源配信!

第2回演奏会の演奏録音、演奏動画を配信しております!

結構凄い演奏だと思います。ぜひ、注意深く聴いていただきたいです。

https://xenos.thebase.in/


Salicus Kammerchor第6回定期演奏会チケット発売中!

シュッツのシリーズの第1回です。

今まで聴いたことのないようなシュッツになると思います。ぜひ!

【日時・会場】

2021年5月16日(日)14:00開演(13:30開場)
千葉市生涯学習センターホール
予約:https://tiget.net/events/114695​

ライブ配信:https://twitcasting.tv/salicus_kc/shopcart/51713

2021年5月21日(金)19:00開演(18:30開場)
豊洲シビックセンターホール

予約:https://tiget.net/events/114696

(2019-21年定期会員の方は両公演ともご招待となりますので、誤ってチケットを購入されないようお気を付けください)

古楽的見地から分析するトゥヴァ民謡

昨日お風呂でぼーっと考えていたことを書きます。

タイトルほど大げさなことではありません。

今コエダイr合唱団でХөөкүй ноянという多分トゥヴァ民謡を練習しています。

音源は以下から聞くことができます。

https://mp3mn.com/?song=02+%D1%85%D0%BE%D0%BE%D0%BA%D1%83%D0%B9+%D0%BD%D0%BE%D1%8F%D0%BD

この曲自体は去年からやってるのですが、この音源聴いたのは先週の練習会ででした。

それでこの曲のありさまを初めて知ったのですが、ちょっと思ってたのと違ったんですね。

そもそもこの曲アカペラでユニゾンで歌ってるものなんですね。勝手にイギルとかドシュプルール楽器付きだと思ってました。

それでこの曲3番までと4番からの様子が全然違う。それはテキストが3番まではなんだか牧歌的なのほほんとしたテキストなのに、4番から急に政治的な内容になって、二重支配辛い的な内容になってます。

何か事情があって4番5番の歌詞が付け加えられたんでしょうか。初めから子の構成だったとは私には思えません。

それでこの内容に合わせて、最初はどちらかというと息もれ系の柔らかヴォイスから、3番の終わりのところのオーハヤン、エーハヤンという掛け声みたいとこから喉詰め発声になるんですね。

でも実は声の音色は徐々に変わっていっていて、3番の頭ちょっと過ぎたあたりから、(多分)3人のうちの真ん中の1人が喉詰めで歌っています。

それでオーハヤン、エーハヤンのところで左の人が喉詰めになって、4番の頭からみんな喉詰めになっています。

多分打合せでは3番の頭から一人喉詰めになる予定だったんでしょう。途中で目配せがあったのか、あわてて喉詰めに変えてるっぽいです。

最後、5番ですが、真ん中の人ひょっとして歌ってないかしら?最後のところ、左の人はどういうわけか慌てて音をブチって切って歌いやめてしまうんですが(最後のnの子音も言ってない)、そのとき残っている声は右の人だけの気がする。

ちょっと後でモニター用ヘッドフォンで確かめてみようかな。

この3人が時々違う歌詞歌ったりしてるのは単に間違えたんでしょうか。多分そうだと思います。

それでもこのテイクをCDにしちゃうっていうのがまたトゥヴァっぽいというかなんというか。

しかしながら旋律に関しては大体見解が一致しているようです。

しかし大きく違うところがあります。

ラーラードレミドレーレミレミド
ラードレミドミーミソミレド
ミーミソミーレドレーレミレミド
ラードレミドレーレミレミド

左の人はほぼ一貫してこんな感じで歌っています。

しかし右の人はほぼこんな感じです。

ラーラードレミドレーレミレード
ラードレミドミーミソミレド
ミーミソミーレドレーレミレード
ラードレミドレーレミレード

1・3・4行目の終わり方が右の人の方がシンプルです。

他の箇所も左の人の方が若干装飾的だったりしているので、この終わり方も装飾の一つなのかもしれないし、まあちょっとした旋律のバリエーションなのでしょう。

それでいままでコエダイでは右の人のシンプルなやり方で歌っていたのですが、左の人の終わり方もいいなあと思いました。

レからドに直接行くのではなく、ミに寄り道してからドに行く感じ。

あれ。これなんかあれに似てるな。あれあれ。

ランディーニ終止

はい。やっと古楽ターム出てきました。

ランディーニ終止とは導音のティから直接ドに行くのではなく、ラに寄り道してからドに行く終止の方法です。ドシーラドーみたいな感じです。

普通
ランディーニ終止

Хөөкүй ноянの場合は上から終止して、ランディーニ終止の場合は下から終止しますが、1個隣の音に寄り道するという点では同じです。

右の人
左の人

もう一つ。

これ、リクエッシェンスじゃね?っていう気づきもありまして。

くだんの終止の箇所、最初の歌詞はカンドゥルでありまして、左の人はミに寄り道する際そのnの子音だけミに寄り道してるんです。

これはグレゴリオ聖歌のネウマの一つ、エピフォヌスに他ならないではあーりませんか。

これは上昇2音のネウマ「ペス」の縮小系リクエッシェンスとも言われ、ここの箇所の場合、カ(レ)ア(ミ)ン(ミ)ドゥル(ド)となっていればペスなのですが、ミの音はンだけです。リクエッシェンスではこのように子音だけに一つの音が与えられることがあります。

日本人にとっては「ん」に音があてられることもあるので余計この例外的処置が説明しづらいのですけど、西洋の歌の場合、音があてられるのは母音なんです。

子音だけに音が与えられるってことがほぼなくて、グレゴリオ聖歌にはそれが普通にあるのが面白いところなのです。

しかもそれをわざわざ他のネウマと書き分けて記す神経の細かさよってところが現代人からするとため息ものなのです。

てことで、この左の人は反転(?)ランディーニ終止をエピフォヌスでやっているのだなあと、風呂に入りながら考えていました。

おしまい。

ヴォーカル・アンサンブル アラミレ 第12回演奏会|終演

ヴォーカル・アンサンブル アラミレ 第12回演奏会

一昨日、アラミレの演奏会が終演いたしました。
ご来場くださいました皆様、誠にありがとうございました。

今年のアラミレはオケゲムのミサに取り組んでいました。

Missa “De plus en plus”、過去最高難易度との呼び声の高かった、昨年のラリューのロムアルメを凌ぐ難易度で、なんで毎年アラミレはこんなに難しい曲ばかり選曲するのかと悶えながら取り組んでいました。

オケゲムってこうカデンツ感が希薄(というより巧みにぼかされている)で、ホモフォニックになるところも少ないし、旋律が旋律になっていないとむにゃむにゃ〜っとした音楽に聴こえてしまいがちなんです。

だから個々人の旋律に対する理解が深まらないと曲にならない。
そこをクリアするのってほんとに難しい。
逆にそれができれば割と何でもできるんじゃないか。
そんな印象をおぼえました。

それから今回はグレゴリオ聖歌に例年以上に力を入れ、研一郎に何度もレッスンしてもらって、例年に比べかなり説得力のある演奏になったのではないかと思います。
そしてそれがポリフォニーの演奏にも生きていたと。そう思います。

グレゴリオ聖歌の抑揚、うねり、タイム感、伸縮、間、旋法感、これを身に着けることは、遠回りなようで意外と、歌を勉強する近道なんだと思うんですよね。


コエダイr合唱団練習会

昨日はコエダイr合唱団の練習会でした。

ブルガリアン・ヴォイスとオルティンドーとホーメイとテノーレスを練習しました。

ブルガリアン・ヴォイスは音域が難しいですね。やっぱりあの音域でないと密集の不協和音のビリビリ感が出にくいので、男性にとっては結構きついです。
音色としても結構母音ワイドで喉頭上げ目で声道短くするので、そういう意味でも女性の方がやりやすいんだろうなあと思います。

混声ブルガリアン・ヴォイス、混声テノーレスが体験できるのは世界広しといえどここだけかも?

その上昨日は久しぶりにオルティンドーも練習して、改めてその音色や装飾をとらえ直すことができて、収穫の多い日でした。

秋は演奏会シーズンで忙しいですが、こうしたインプットも欠かさずやっていきたいです。


Ensemble Salicusチケット発売開始

種々の作曲家によるロムアルメの演奏会のチケットが発売開始になりました。

今回も大森福興教会で、なかなか聴けないプログラムを演奏します。

絶対楽しいので聞きに来てください!

お申し込みはこちらから→https://tiget.net/events/66378


定期会員募集中!

Salicus Kammerchor定期会員、次期の募集が9月締切です。

まだ目標の半分にも達してません!アウチ!

皆様応援どうぞよろしくお願いいたします!

https://www.salicuskammerchor.com/support

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Salicus Kammerchor

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演奏会情報

次回演奏会は

12月19日のEnsemble Salicus第2回演奏会です!

https://www.salicuskammerchor.com/concert

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CD・DVD発売中!

第3回定期演奏会のライブDVD

をウェブ販売開始しました!

http://www.salicuskammerchor.com/goods

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サリクス通信

サリクスの最新情報や、ここでしか読めない特集記事を配信しています。

http://www.salicuskammerchor.com/mail-magazine-1

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櫻井元希へのお仕事・レッスンのご依頼ご相談、チケットのお求め等は以下のフォームよりお気軽にお問い合わせください。

インプットな週末|BUGAKU→暗闇のボイトレ

インプットな週末|BUGAKU→暗闇のボイトレ

光岡英稔|BUGAKU講習会

今週末もなかなか濃い2日間でした。

土曜日、光岡英稔先生のBUGAKU講座に参加してきました。

1.2月は予定が合わず参加できなかったので、昨年12月以来3回目の参加でした。

武術の講座なのですが、ほんと変わってると思うのは、ほとんど動かないんですよね。特に今回は半分くらいは座ってたんじゃないでしょうか。

正座でおそらく1時間近く観法をやっていたような。とはいえ観法やってると時間の感覚がなくなるので、手がかりになるのは足のしびれ具合くらい笑

さらにあぐらで、しゃがんだ状態で、立ち上がった状態で1時間くらいやっりましたかね、、。

動きらしい動きがあったのは、シラットの型をやった時くらいで、ものの5分程度だったかと。

普通だったら「何が武術や金返せ」なのかもしれません笑

ところがこれで武術の講座が成り立ってしまう、成り立つどころかものすごく示唆に満ちていて発見に溢れているのが光岡英稔の光岡英稔たる所以。

今回私3回目の参加にして、成長を感じることができました。

今まではほんと「はっはっはっ!わからん!」

だったのですが、今回初めて「あ、それ、わかる」ってことがありました。

それは「亅観(かぎみ)」と先生の名付けられた観法の1つで、左右表裏と前後表裏の表から表、裏から裏へとL字のような感じで観る(「揃え観」、表から裏、裏から表を観るのは「まだら観」)というものだったのですが、確かに、表から表は観やすい。観やすいどころか自然とそっちに目がいくという感じで、実感としてそれがわかって感激しました。

わかっちゃったのが可笑しくって、爆笑してました一人で。


左右表裏や観法などについては以前のブログをご覧ください↓

その1https://wp.me/p7Ktcz-cpK

その2https://wp.me/p7Ktcz-dGh


今回理解が進んだのは、まず「気と血」について。

気は見えない、けどある。気は流れない。「気の流れ」という表現は一つの方便であり、正確ではない。気は偏ってある。その偏り方によって血(感覚世界)が変化する。

気は見えないけれど、見える血に影響を与える。しかし気が見えないがために、なぜ血(現象、効果)に変化が起きたのかにわかには理解できない。

気は見えないし、触れることもできないし、感じることもできないけれど、観法によってその偏り方を変えることができる。

気の偏り方が変わることによって、血が変わる。

ちょっと私勘違いしてたのは、観法って気を観ることではない。観法で観るのはあくまで「からだ」であるということのようです。だって気は見えないから。

っていうのも私の勘違いかもしれないので鵜呑みにしないでくださいね笑。これあくまで私の気づき、学びのメモですからね。本当に自分で理解したい人は光岡先生のとこ行ってくださいね。他人のブログなんか信用しちゃだめですよ笑


次に印象深かったのは、型について。

型って「観法」に対して「動法」といって、これも気の偏り方を変えて、血を変える効果があります。

で、この型を繰り返していると、型を通らなくても気の偏り方を変えることができる、というようなことのようなのですが、ただ型を反復してるだけで強くなるかと言うとそうでもない。

型の反復では浅瀬を泳ぐのは上手になるけど、深く潜れるようにはならない。という感じなんだそうです。


もう一つ「定位」と「不定位」について結構重要な学びがあったはずなのですが、、、、忘れました笑

定位ってのは例えば左右表裏と前後表裏が揃った状態で、これは安定して構造がしっかりする。不定位はその逆で安定しないのだけど、後退するときには不定位のほうが力を発揮する。

それでこれは前から関連があるんじゃないかと自分で思っているんですが、例えば横笛、フルートとか篠笛とか龍笛とかバーンスリーとか、これみんな右側に、右手が外側になるように構えるじゃないですか。これって右手のひらが前、左は手の甲が前になってて、これって不定位なんですね。

またヴァイオリンなどの弦楽器も左手の甲が前向いてて、右手のひらが前を向いている(下向いているのでわかりにくいですが)。

つまり楽器を弾くのって不定位の方がどうも都合がいいようだ。ってことなんです。

後退する時に不定位が力を発揮するといいましたが、後退って他の動物からするとかなり異常なことで、人間ほど上手に後退できる動物って他にいないんですって。確かに後ろ向きで疾走する馬、とか見たことないですよね。あるいは後ろ向きで飛ぶカラスとか。

そこで、楽器を弾く時に不定位がいいという話に戻るんですが、音楽もある意味動物が生き伸びるという文脈からはかなりかけ離れた異常な行為だと思うんですよね。

だから不定位の方が都合がいいのではないか。ということです。

そこでちょっと疑問に思ったのは、チェロとヴィオラ・ダ・ガンバの弓の持ち方、あるいはコントラバスの2種類の弓の持ち方です。

チェロの場合、手の甲が前に来るように弓を持ちますが、ガンバは逆です。手が下に来ている状態での表裏の関係については講座でやってないので、ちょっと自信ありませんが、多分甲が前なので定位だと思われます。対してガンバは不定位ということになるでしょう。

この二つの楽器のキャラクターの違いって、こういうところから来てるのかなあとぼんやり考えています。(コントラバスについては両方の持ち方があります)

両方弾く某S根さんとかにお話うかがってみたいなあ。


あ、そうそうそれから今回、光岡先生が出版された本の即売会とサイン会もございまして、わたくしもサインをいただいてしまいました。ありがたや~。


徳久ウィリアム|暗闇のボイトレ

日曜日はアラミレのリハーサルの後、蕨(!)のタタミスタジオに伺って、徳久さんの暗闇のボイトレに参加してきました。

完全な暗闇を体験できるスタジオ、タタミスタジオについては以前から「蕨といえばタタミ」的な感じで徳久さんから伺っていたのですが、蕨に住んでいた期間にはついに足を踏み入れることがありませんでした。

それが船堀に引っ越してきた途端に蕨のスタジオにお邪魔する機会が訪れるというのは、なんとも不思議な縁です。

暗闇って言っても多分今みなさんが想像されたような空間ではないと思います。ほんとのほんとに暗闇。真っ暗闇。エアコンも切ってエアコンが動作してる時についてるちっちゃい光すら消します。

真っ暗になってすぐに感じたのは足裏の感覚の変化です。

というか足裏の感覚しかない。って感じになります。入ってくる情報がそこだけ。もちろん聴覚の情報もあるんですが、そこはあまり変化しなかったように思います。触覚の方が大きな変化がありました。そしてそれは「今も」続いています。

今回私がお題として取り上げたのは、「普通の発声練習」と「インヘイル(吸い)のノイズヴォイス」です。それぞれに課題があるということと、常々私声の幅ってことに興味があって、色んな種類の声を即座に引き出しからパッと出して使えるようになりたいんですね。で、この二つの声の出し方は真反対の特徴を持ってるので、この二つが自在に扱えるようになればかなりそれに近づけるのではないかと思ったのです。

でまずビフォーですが、前のリハーサルの疲れもあって、普通の発声についてもめっちゃフリップするしそれをごまかすために仮声帯寄ってくしって感じでもう全然ダメ笑。ノイズの方も日常的に練習しているわけではないので、自分が思ったような声は全然出ない。またカットアップ的に音を出したいのですが、全然そうならない。その前にまず声帯にダメージがきすぎて、そのあと普通の声がでない。声帯が合わない。という状態でした。

アフターはどうなったかっていうともう音源あげちゃいます。恥を忍んで。

他の受講生の方の声も入っちゃっててごめんなさい。二つの声を交互に出しています。

これほんと自分でも驚くくらい破綻なく出来てる。あの、音程とか適当、とかそういうのはもちろんあるんですが、声のクオリティ的に眼目があるということでご容赦下さい笑。

まさかここまでできるとは思いませんでした。

インヘイルのノイズなんかやったら普通の声が出にくくなるのは当たり前だという先入観がありましたが、むしろ普通の声も最初より全然いい。滑らか。

いやなんかもう不思議としか言いようがないんですがもうアレ、神秘、人体の神秘。

ただまあ暗闇になった時に何が変わったかということはメモしておこうと思います。


①身体のポジションが変わった
暗闇になった時、見えないということによる影響が大きいと思っていたのですが、私の場合はむしろ逆で、見られていないということによる影響のほうがずっと大きかったです。なんというか自分の性分として、頑張ってる風に見せたくないというか、何気なくさり気なくやることを是としているようなところがあるということに気づきました。その無意識の自意識が、発声に適した身体の状態に入るの自然な働きを邪魔していたと思います。

②顔の表情が変わった
これも①と同じですが、無意識で状況に応じて顔を作ってました。それが暗闇で関係なくなってしまうと、本当に必要な筋肉しか動かさなくてよくなる。無駄がなくなった感じがしました。

③自宅で声出してるみたい
ふっと体感が降りてきたのは、自宅で声出してる状態です。なんか匂いとか空気感まで再現されて、ほんとに家で何気なく声出してる気分になりました。で、そういうときって身体が少し揺れてる。それも右側に。そういう気付きがありました。

④肌の感覚の違い
諸々終わって、明かりを徐々につけていった時に感じたことです。先程足裏の感覚が鋭くなると言いましたが、これってむしろ足裏以外の肌の感覚がなくなってるってことだったようです。明かりがついてまわりが見えるようになると、光を肌が感じている。また視線を肌が感じている。ヒリっとした感じ。この感覚の違いは結構大きい。
心理的なものも大きいとは思いますが、肌も光や視線を感じてる。それがパフォーマンスに影響を与えてる。


暗闇の時に感じた自分の身体の透明感、心の滑らかさ、またやってることに対する手応えのなさ、これを日常に持ち帰るのが今後の課題になると思います。

いずれにせよ、暗闇恐るべし。こんな体験は他ではできない。

薄明かりが付いてから動画を撮ってもらいました。
恥ずかしいのでここでは静止画をアップします。

こういう人生を刷新するような、それまでの自分には戻れなくなるような、世界や自分自身の見え方が変わるような、そういうチャンスって、多分探せばまだまだあるんだろうと思います。

臆せずチャレンジしていきたいです。

あ、ちなみに今回出したノイズヴォイスですが、私のレッスンでは今の所まだ取り入れてません。

興味のある方は専門家をご紹介いたします笑

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Salicus Kammerchor

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公演情報

次回は第5回定期演奏会

J. S. バッハのモテット全曲演奏会です!

http://www.salicuskammerchor.com/concert

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クラウドファンディングやってます!

J. S. バッハのモテット全曲演奏会に向けて皆様よりご支援を募ることとなりました。応援どうぞよろしくお願いいたします!

https://camp-fire.jp/projects/view/106446

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CD・DVD発売中!

Ensemble SalicusのレクチャーコンサートライブCD

昨年10月に開催されたLa Musica CollanaとのジョイントコンサートのライブCD

第2回定期演奏会のライブDVD

をウェブ販売しております!

http://www.salicuskammerchor.com/goods

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サリクス通信

サリクスの最新情報や、ここでしか読めない特集記事を配信しています。

http://www.salicuskammerchor.com/mail-magazine-1

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